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72話 皇子、襲来



 ブランカは偽っていた目の色を、静かに銀色に戻した。

 時間だ。

 想定とは異なるが、獲物が網の中に入ろうとしているという知らせが、北方辺境のアルファドラゴン、カイルからもたらされた。

 プラチナドラゴンにふさわしい滑らかな肌、螺鈿のごとき瞳に戻したブランカは、翼を広げた。

 飛び立とうとしたブランカを、王宮のドラゴン舎から呼び止める声がする。


 ――自分たちも連れて行ってくれ。


 怒りに満ちた声に耳を傾けたブランカは、鷹揚に頷いた。

 皆が長距離を飛べるわけではない。翼を持たないドラゴンもいる。

 しかし、助けを求める同胞を無視することは絶対にしない。

 ブランカの銀色の目が輝く。

 ドラゴン舎にいたドラゴンたちの体が、魔法によって宙に浮かび上がる。


「『行こう』」


 ブランカは呼びかける。美しい声で呼びかける。


「『行こう。愛しい、ミルカの元へ』」




 *



 ハンスは目を血走らせて、クイヴァニールからアンドルゾーヴォに向かうドラゴンに乗った。

 吐く息は生臭く、こちらを見る目は膿のような黄色をしている。

 ドラゴンは実に汚らわしい生き物だと思う。

 連れてきた数十人ほどの私兵団も、こわごわした様子でドラゴンを見ている。

 本当は乗りたくなどないのだが、ここまで来るのに既に五日を費やした。これでもかなり馬を急がせた方だ。これ以上移動に時間を費やしたくない。


 ドラゴンにハーネスを取り付けていたケネスが、不思議そうに尋ねた。


「しかしハンス皇子、なぜアンドルゾーヴォに向かわれるのですか」

「アンナを探すためだ! どうせミルカがそそのかしたに違いない!」

「ふむ。ミルカというのはどなたです?」

「私の元婚約者だ。不敬のかどで北方辺境に流罪したが、そのことを恨んで、私からアンナを取り上げたのだ」

「なるほど。しかし女性一人を追いかけるのに、これほどたくさんの武装した男たちを引き連れるなんて、さすが王族の方はやることが違いますなあ」


 ハンスはぎろりとケネスを睨んだ。


「文句があるのか?」

「いいえ。たっぷりとお代は頂いておりますし、ちょうど彼らを運べる数のドラゴンもいますしね」


 ケネスは落ち着いた様子でハンスをドラゴンの背に乗せる。鱗が肌に当たって痛い。

 舌打ちすると、ドラゴンが唸って、身じろぎした。


「おっと。せめて乗っている間だけでも、ドラゴンに敬意を払って下さいよ。落ちても知りませんからね」

「何だと? 落ちる危険性のある生き物に、私を乗せる気なのか!?」

「そうは言っても、陸路でアンドルゾーヴォまで向かうのは春を待たないと無理ですし、サヤはこの中で一番穏やかなドラゴンですし……」


 ごにょごにょと言いながら、ケネスはハンスをしっかりとハーネスで固定し、にっこり笑った。


「それでは、快適な空の旅を!」






 ――吐く余裕のある者は少数だった。

 あとは皆、猛烈な吐き気を解消する余裕もないまま、上下左右に振り回され続けた。


「いやあ、強風でしたね」


 ケネスは涼しい顔で地面に降り立つ。

 ハンスは意地で地面に立ち続けたが、私兵団の男たちは皆地面に突っ伏して動けないか、白い雪上に吐しゃ物を巻き散らすかしていた。


「それで、ハンス皇子はアンナという女性を探しているんでしたね」

「アンナも探さなければならないが、まずはミルカに会う。あれほど私に愛されているアンナが、私の許可もなく王宮を出るはずがない。アンナに狙いを定めたということは、アンナに恨みを抱いている者……つまり、私の元婚約者であるミルカが、裏で糸を引いているに違いないのだ!」

「……ミルカという女性は、そんなことをなさる方なのですか?」


 ケネスの問いかけにハンスは大きく頷いた。


「ドラゴンを飼うという名目で、いつも皇子たる私よりも大きな宝石を身に着けていた。王族であることを証明するためのプラチナドラゴンを上手くたぶらかし、私よりも優位に立とうとした」


 そう言ってハンスは嘲笑を浮かべる。


「ドラゴンの餌代がかかると言っていつも莫大な予算を要求してきてな。却下したら自分の自宅の壁紙まで綺麗さっぱり売り払っていた。まったく可愛げのない女だ!」

「……」


 ケネスの額に青筋が浮かんだ。

 その瞬間、ハンスが乗っていたドラゴンがいきなり翼を大きくはためかせたせいで、突風がハンスの背中を襲う。

 いきなりのことだったので、ハンスは前のめりに転んでしまった。

 間抜けなその姿を見て、ケネスはぱっと口元を押さえる。


「貴様、笑ったか?」

「滅相もございません。砂が口に入っただけです」


 涼しい顔で言ったケネスは、ハンスに手を貸して立たせた。

 ハンスはチッと舌打ちし、乗っていたドラゴンを睨みつける。


「しつけのなっていないドラゴンだ」

「……いいえ。彼女はこの地域で最も温厚で、人をよく見ているドラゴンですよ。俺のドラゴンに過失はありません」

「では私が悪いというのか!」


 ケネスはにっこりと笑い、深々と頭を下げた。


「とんでもない。悪いのはこの私でございます。処罰はいかようにでも。――あなた様はいずれ、この北方辺境の主となられるお方ですからね」

「……分かっているならば良い」


 ハンスは私兵団に命じた。


「ミルカという女を探せ」


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