66. ユーレカ!
まるで宝物に触れるみたいな、優しい手つきで頬を撫でられ、思わず瞬きを繰り返してしまう。
「ミルカ嬢の睫毛は長いな。蝶が羽ばたいているようだ」
「う……」
何と言えばいいのか分からない。
そうでしょう? なんて言えないし、そんなことないです! でもつまらない気がする。
私は自分を奮い立たせ、とても近くにあるヴォルテール様の顔を、真正面から見つめ返した。
「ヴォルテール様の目は……。か、カイルのお腹の色に、似ていますね……」
言ってから己を呪った。
(も、もっと何か気の利いた例えがあるでしょう!? カイルのお腹の色だなんて、言うに事欠いて私ったら……!)
センスのかけらもない私の言葉に、意外なところから後押しがあった。
今まで寝そべっていたカイルがのそりと頭を持ち上げ、
「『まったくだ。私も常々そう思っていた』」
と言ってくれたのだ!
「で、で、ですよね。カイルのお腹の鱗は、光に当たるとビロードみたいに光りますけど、ヴォルテール様の目の色もそんな感じで……!」
「……ふっ」
「えっ?」
「はははははは! いや、ミルカ嬢も混乱すると面白いことを言うのだな!」
ヴォルテール様が大口を開けて笑っていた。結構激しめに。
「そ、そんなに笑わなくても……! 慣れてないんです」
「口説くのも、口説かれるのも?」
「くど……ええ、そうですっ」
「ならばおいおい慣れてもらうとしよう。まずは私を手本にすると良い」
さらりとそんなことを言うヴォルテール様は、静かに体を離した。
「とはいえ、嫌になったらいつでも言いなさい」
「嫌では! ない、です」
「そうか」
満足げに頷いたヴォルテール様は、私の持っていたミニハープに視線を落とした。
「しかし、あなたが弾くと分かっていれば、もう少し手入れをしておくのだった」
「いえ、十分です。これからたまに弾きに来てもよいでしょうか」
「無論だ。来る時は私を誘って欲しい、また一緒に歌おう」
「一緒に」
言葉を繰り返すと、何だか無性にわくわくしてくる。
あの、通じ合ったような気持ちをまた味わえると思うと、喜びが胸いっぱいに広がる。
「はいっ。その時はお声かけしますね」
「いい笑顔だ。あなたのそんな可愛らしい顔を見られるのなら、下手な私の歌でも、歌う価値があったということだな」
「とんでもないです。とてもお上手でした」
「世辞ではないと信じている。まあ、王宮で一番褒められたのも歌だったな」
「楽器はからきし、と仰っていましたね」
そう言うとヴォルテール様は苦笑しながら、
「貴族のたしなみだか何だか知らないが、男でも楽器を学ばされるのだ。ピアノの発表会などというものを催された日にはたまらなかったな」
「ヴォルテール様も、発表会の時に緊張したりなさるんですか?」
「それがな、私ほどにもなると、そもそも発表会に出ないのだ」
「えっ? 欠席されたのですか」
それは大胆なボイコットだ。
ヴォルテール様は昔を懐かしむような表情になった。
「腹が痛いと言って雲隠れしたんだ。幸いにして、トイレから引きずり出してまでピアノを弾かせようという極悪人はいなかったから、うまくいった」
「ピアノの講師の方は、さぞや胃が痛かったことでしょうね……」
「ははは。まあ、主役がいなければ発表会も何もないからな」
「確かに、さすがの着眼点です。そもそも主役がいなければ、何も起こらな――」
その瞬間、あるアイディアが稲妻のように私の脳に去来した。
(これは……いえ、とても大きな賭けではある。慎重に作戦を練らないといけない、でも――成功したら、見返りは大きい)
急に黙り込んだ私を、ヴォルテール様が怪訝そうに見ているのが分かる。
ああでも、今はそれどころじゃない。
「あのっ、ヴォルテール様! これから作戦を練らなければならないので、私これで失礼致します!」
「なるほど。何かいいアイディアを思いついたらしいな」
「余韻をぶち壊してしまって申し訳ございません。ヴォルテール様と一緒に過ごせて、嬉しかったです!」
「はは、余韻をぶち壊した、という自覚はあるわけだな」
「す、すみません!」
言いながら私はミニハープをそっとヴォルテール様に返し、そのまま立ち上がった。
カイルがそんな私を見て、呆れたようなため息をついているのが分かった。
(あああ、アルファドラゴンに呆れられてしまうなんて……! でもっ、のんびりしてたらひらめきが逃げちゃう)
転がるように戸口に駆け、最後に少し振り返る。
ヴォルテール様はクッションにもたれ、目を細めながら小首を傾げて私を見ていた。
いつも私を面白がって見ているその目は、私の気のせいかも知れないけれど、少しだけ寂しそうに見えた。
だから私は、反射的に口走っていた。
「ずっと、歌について考えていました。ドラゴンに魔力を与えるものについて」
「ああ」
「そこに、ヴォルテール様の歌声が聞こえてきたのです。歌について考えていた私に、あなたの歌が飛び込んできたのです。そして私はひらめいた。だから――この運命に、感謝を申し上げます」
「運命とは。ミルカ嬢らしからぬ単語だな」
「でも、共に歌う機会を頂けたから、私は光明を見いだせた。……ありがとう。あなたがいてくれて、良かった」
言いたいことはもっとたくさんあるのだけれど、まとまらない。
私は頭を下げ、ヴォルテール様の方を見ないまま踵を返した。
暗い図書室を早足で抜け、廊下に飛び出す。
「さあ、細かいところを詰めていかなくっちゃ」
私は思いついた作戦を練るべく、自分の部屋に閉じこもった。
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