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62. 喜ばしき苦悶

引き続きヴォルテール視点です。


「デザストル商会、か。正直なところ、あまり驚くような黒幕じゃあありませんね」

「まったくだ。前々から目をつけていたわけだしな。もう少し前から手を打っていれば良かったか……」

「言うのは簡単ですけどねえ。連中の販路の大きさは侮れない」


 デザストル商会とて、だてに大きな商会ではないのだ。

 彼らによって北方辺境が得られる現金収入は少なくない。真正面から争って得をする相手ではなかった。


「何か悩んでいらっしゃいますか? ミルカ嬢の思う通りに事を進めたいがそうはいかない、みたいな口ぶりでしたけど」

「彼女の大事な物を傷つけるかもしれない、ということだ。――だが、そうすることでしか北方辺境を守れないなら、私はその道を選ぶだろう。例え彼女に疎まれようとも」


 ケネスはちらりとヴォルテールの顔色をうかがう。

 無表情が常の北方辺境領主は、今や苦悶の表情を浮かべている。

 十六の頃から、この北方辺境を治めて来た男が、初めて他人に見せる表情だった。


 ヴォルテールは初めて、北方辺境領主としての仕事と同じくらい重みのあるものを、人生の中に見つけたのである。

 恋人も友人も趣味も、天秤にかければ、領主としての仕事が圧倒的に勝った。

 当然だ。背負っているものはあまりにも大きく、歩んできた十年間の道のりは筆舌に尽くしがたい苦しみを伴ったから。

 それが今やどうだろう。

 天秤の片側にミルカの存在を意識するようになった。

 北方辺境を治める仕事と同じくらい、彼女の存在が大切になってきてしまっている。


 ヴォルテールはそれが苦しい。

 天秤にかけ、いずれかを選ばなければならないことが、ひどく辛い。

 あれほどミルカを愛していても、自分はきっと北方辺境領主としての道を選んでしまうだろうことを自覚しているから、余計に。


 だというのに。


「へえ。良いことじゃないですか」


 とケネスはのたまう。


「お前、正気か? 良いことであるはずがないだろう」

「いやいや、良いことでしょう。あなたにそれだけ大事な存在ができたことは嬉しいことですよ。タリも喜ぶと思います」

「……これほど苦しいのにか?」

「苦しみは人生におけるスパイスですよ、ヴォルテール様」


 にまっと笑ってケネスは、傍らに立つドラゴンの顎周りを豪快に撫でた。

 ドラゴンはまんざらでもなさそうに目を細めている。


「大体選ぼうというのが既に進歩じゃないですか。――あなたは十年間、たった一つの道を歩むことしかできなかった。北方辺境を治めるという茨道を、たった一人で歩くことを強いられた」

「強いられたわけではない。私のエゴで始めたことだ」

「ま、きっかけはそうでも、もう後戻りができないのは事実でしょう。北方辺境の人口は増えた。あなたはもう領主以外の道を選べない」

「……」

「でもそこにミルカ嬢が現れたわけでしょう。選択肢が増えたわけだ。俺はそれを良いことだと思います」

「もしミルカ嬢を選べなかったら、ミルカ嬢を捨てたことになるだろう。良いことであるはずがない」

「でしょうね。ただ俺は、そんな結末が来るだなんて思ってませんから」


 ケネスは穏やかな笑みを浮かべている。


「忘れちゃいけませんよ、ヴォルテール様。ミルカ嬢はただ選ばれるだけの女性じゃありません」

「……ふっ。違いない」

「何を悩んでいらっしゃるか俺には分かりませんけど、火吹き種を従えて窮地を救ってくれたあの時みたいに、ミルカ嬢がヴォルテール様の悩みを一蹴してくれますから」

「だと良いがな」


 ヴォルテールの言葉に(けん)はなく、心の底からそう思っているようだった。

 その事実に、ケネスはまた笑みを深めるのだった。


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