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60. 対立


「つまり――デザストル商会は、どうにかしてドラゴンを操る方法を探っていたのでしょうか?」

「『恐らくは。黒朱病の寄生虫を研究していたのは、あれがドラゴンの脳を破壊する生物だからだろう。寄生虫を通じてドラゴンを操ることが出来ないか実験してみたのだろうな』」

「その実験は不首尾(ふしゅび)に終わったようだがな」


 恐ろしい話だ。

 つまり彼らは、ブランカにもあの虫を使おうとしていたのかもしれないのだから!

 そして私は、デザストル商会の商会長が、ハンス皇子と一緒にいたという事実に、改めて思い至る。


「……ハンス皇子は、ブランカを意のままに操りたかったんですね。だからデザストル商会に依頼をして、ドラゴンを操る方法を探させた」

「なるほど、不自然な金の流れは、デザストル商会への依頼料だったんだな。魔法の研究には金がかかる」

「そうなのですか?」


 尋ねるとヴォルテール様は肩をすくめた。


「北方辺境を維持するためには魔法の力を借りる必要がある――そう思って魔法の研究をしようとしたことがあるんだ」

「『人間の魔法に関する知識は、書物でしか残されていないからな。その書物を収集するには莫大な金がかかるし、それだけの金を払っても得られる知識はマゼーパ種の涙ほど……ということも大いにあり得る』」

「その頃にはもうカイルと出会っていたからな。魔法について、人間がちまちまと研究をするよりは、ドラゴンたちの協力を得た方がよほど近道だということが分かって、研究は取りやめた」


 だが、とヴォルテール様は唸る。


「デザストル商会は、少なくとも八年以上前からドラゴンの研究に没頭していたのだろうな。ミルカ嬢を襲ったドラゴンがその証左だ」

「そしてダミアンさんのお父様を殺したドラゴンも、デザストル商会が一枚噛んでいる、ということですね」

「ああ。恐らくドラゴンに攻撃性を持たせることには成功したのだろう。だがその攻撃性をコントロールできていない」


 ヴォルテール様は難しい顔で、


「兵器はその威力が大きいことも大切だが、何よりコントロールできることが大事だ。どれだけ強い力を持つ武器でも、人間が自由に扱えないのでは、火事や雷と何ら変わらん」

「た、確かにそうですね……」

「『デザストル商会の人間は、ブランカを操りたい皇子に接近し、ドラゴンに命令するための魔法を開発する資金を要求したのだろう。金はいくらあってもいい』」

「王族の弱みを握ることにも繋がるからな」


 利害を同じくするハンス皇子とデザストル商会が近づき、今その魔の手がブランカに及ぼうとしている――。


「止めなくちゃ」

「『同感だ。ドラゴンを操ろうなどという不遜(ふそん)な考えは捨て置けん』」


 怒りを滲ませて言うカイルに、イスクラも背伸びをして、


「『ミルカ』『傷つけた』『許さない』!」


 と気炎を吐いている。

 一方でヴォルテール様は渋い表情のままだ。

 私は何となくその理由が分かるような気がした。


「……王族のやっていることに横やりを入れるのは、北方辺境にとってあまり良いことではない。ヴォルテール様はそうお考えでしょうか」

「やはりあなたは敏い人だ。言っておくが、彼らのもくろみがドラゴンに仇なすものである以上、必ず阻止せねばならない。――だが、その方法は慎重に選ばねばなるまいよ」


 ヴォルテール様は北方辺境の領主だ。

 この地に住まう人間の命を預かっていると言っても過言ではない。

 彼の采配によっては、タリさんたちが路頭に迷うことだってあり得るのだ。


 私はドレスを着直しながら考える。


「……王族に手を出すのがだめなら、デザストル商会の方をターゲットにするべきでしょうか。彼らの魔法に関するもの全て、破壊してしまうというのはどうでしょう」

「そうだな。破壊もいいが、彼らが得た魔法の知見を、叶うことならそっくりそのまま手に入れたい」

「い、意外と強気ですね」

「使えるものはなんでも使う。北方辺境の常識だ。魔法に関する知識があれば、王宮へのけん制にもなるしな」


 言いながらもヴォルテール様は顔をしかめる。


「あまり魔法に関する知見を深め過ぎても、王宮から攻撃される材料を与えることになるから、バランスが難しい。魔法によって、王宮に反旗を(ひるがえ)すつもりなのだと糾弾(きゅうだん)されるのはうまくない」

「『北方辺境は兵力が少ない。天然の要塞があり、ドラゴンたちの協力を得られるとは言え、王宮に敵視されるのはまずいからな』」

「戦いに費やす暇はないのだ。何しろまだ人の住める場所も少ないのだから。……っと、脱線したが、ともあれ魔法に関する知識は何でも欲しいというのが本音だ」

「『人間の魔法など蒐集に値するものとは思えんが……。まあ、主がそう言うのならば従おう』」


 しかし、とカイルが呟いた。


「『いかにしてデザストル商会の隙をつく? 彼らがなかなか手の内を見せぬことは、主とて承知しているだろう』」

「ああ。以前も彼らから情報収集をしようとして失敗していた――だが、今回はブランカがいる」


 ヴォルテール様は重苦しい表情で私を見た。

 眼差しは微かに苦悶の色を帯び、その口はいつになく重い。


(……あ。私、何となくヴォルテール様のおっしゃりたいことが、分かるかもしれない)


 果たしてヴォルテール様は、絞り出すような声で告げた。


「……ブランカをおとりに使わせてもらえないだろうか」


 それは予想していた言葉と違わぬものだったけれど、胸がひどく軋んだ。

 ブランカを、おとりに使う。

 私を追いかけてここまで来てくれたあのドラゴンを。人間の都合でおとりに。


「それは……嫌です」


 自然と言葉が飛び出していた。


「ヴォルテール様が仰りたいことは分かるのです、ブランカがわざとハンス皇子たちの魔法にかかったふりをするんですよね?」

「ああ。そうして彼らを上手く誘導して、魔法の秘密が隠された場所を突き止め、奪う」

「その後ブランカをどうするおつもりですか。用が済んだらおしまい? ハンス皇子のところに戻すんですか?」

「プラチナドラゴンの価値は高い。……北方辺境に呼び戻すことができるかどうか」

「なら、ブランカはただ利用されるだけです! 賛成できません」


 分かっている。反対するなら、それに代わるアイディアを提案しなければならない。

 けれど考えがうまくまとまらない。

 ブランカをおとりに使うことは理にかなっているのかもしれない。

 ブランカとこっそりやり取りしていることを、ハンス皇子たちは知らないだろうから、裏をかくことはできるだろう。


(でも!)


「――反対です。賛成、できません……」


 頑是(がんぜ)ない子どものように繰り返すことしかできない自分が恨めしい。

 ドレスを強く握り締めて、ヴォルテール様を見つめる。


「違うアイディアを考えますから、少し時間をください」

「――あまり猶予(ゆうよ)はないぞ。できれば早めに動きたい」

「分かっています」


 私は、ヴォルテール様の目を見ながら頷いて見せた。

 何か押し殺したような顔をした彼は、私の肩に再びマントを被せると、部屋まで送ろう、と言った。

ついに60話にいきました!お付き合い頂いている読者の皆様、誠にありがとうございます。

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