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57. 真実に近づく



 私の話を聞いたヴォルテール様は、詰めていた息をふうっと吐いた。


「……なるほど。あなたも王族たちの踏み台にさせられたというわけか」


 あなたも、というのは、ヴォルテール様も王位争いのため、親類縁者を殺されてしまったからだろう。

 私が小さく頷くと、ヴォルテール様は共感するような笑みを浮かべて見せた。


 ここはヴォルテール様の私室だ。相変わらず散らかっているが、無理やり物をどかせたソファの上に座らせてもらっている。

 暖炉にはイスクラが火を入れてくれたので、ドレス姿でも冷えることはないのだが、ヴォルテール様からお借りしたマントを何となく手放せずにいた。


「話が違うと思ったことは何度もありました。だってハンス皇子は、私と結婚する気などはなからなかったのですから」

「婚約者という立場はそのままに、あなたに夫探しをさせていたのだからな。契約不履行もいいところだ」

「でも、話が違うなんて、王族の方々には言えなくて。その内、仲良くして下さる男性が現れたのですが、その方にこの傷を見られてしまって――。交際はなかったことにしてくれと言われてしまいました」


 ヴォルテール様の眉間の皺が深くなる。


「傷のことは内密にとお願いしていたはずなのですが、夜会に来るような妙齢の男性には、いつの間にか私が背中に醜い傷を負っているということが知れ渡っていました。かくして、アールトネン家にお婿さんを迎えることは叶わなかった、というわけです」

「その男が言いふらしたのか」

「さあ、あるいはハンス皇子かも知れません。でも、どっちでもいいことです。私の背中に傷があるのは事実なのですから」


 努めて笑ってみせると、ヴォルテール様の顔からふと険しい気配が消えた。

 彼はどこか悲しそうな顔で、微笑みを浮かべる。


「……あなたはそうして、たった一人で、誰も見えないところで歯を食いしばって生きてきたのだな。誰も責めずに」

「……っ」

「私はそれを美しいと思う。だが時折、胸が苦しくなる」

「かわいそう、ということですか」

「というよりも後悔だ。その時なぜ自分はあなたの側にいてやらなかったのだろう、という後悔」


 私は目を瞬かせる。


「だってその頃は、ヴォルテール様とはお知り合いではなかったですし……」

「そんなことはな、ミルカ嬢。些事だ」

「些事……」

「時間も空間をも超えて、あなたの側に駆け付けることができなかった、我が身の不甲斐なさを恥じるばかりだよ。北方辺境領主でも、多少魔法を識っていても、あなたが辛いときに、あなたの側に寄り添えないのであれば何の意味もない」


 臆面もなく言い放つヴォルテール様の言葉に、私は思わず口にしてしまっていた。


「あの、ヴォルテール様は、もしかして……その、違っていたら申し訳ないのですが」

「ん?」

「私のこと、結構好きですか……?」


 口にしてから、何と馬鹿げた問いかけだろうと顔が赤くなる。

 だがヴォルテール様は真面目な顔のまま、


「分かってもらえて何よりだ! 私はもうあなたしか見えていない。我ながら危ういことだと思うが、しかしその危うささえ楽しいのだから、もうどうしようもないな」

「は、はあ……」


 好意をまだ持ってもらっていることは、素直に嬉しい。けれど、あまりにもストレートな言葉に、私はどぎまぎしてしまって、顔を背けてしまう。

 ヴォルテール様が、ふっと軽く笑った気配がした。


「ミルカ嬢。背中の傷を、もう一度見せてもらっても良いだろうか」

「……はい」

「辛いなら見せなくても構わない。何しろあんなことがあったあとだし」

「いえ。……いえ。ヴォルテール様になら、見せられます」


 この人は、私の傷を見ても顔を歪めなかった。醜いと言わなかった。交際をなかったことにしてくれ、とは言わなかった。

 だから私は背中を晒すことができる。この人の前ならば。

 私はマントを少しずらして、背中が見えるようにした。


 ヴォルテール様は、むき出しになった私の背中をじっくりと眺めているようだった。


「痛みはあるのか」

「いえ、もうないです。ただ寒いときは少し、引きつったような感じがします」

「触れても?」

「ええ、大丈夫です」


 ヴォルテール様が私の背中に顔を近づける気配がする。私は身を強張らせ、ヴォルテール様が触れるのを待った。

 やがて熱い指が背中の端に触れ、滑るように傷の淵を撫でる。


「……自分でこの傷を見たことはあるか」

「鏡越しにですが、あります」

「確かにドラゴンの爪痕のようだな。三本線が斜めに入っている。肩甲骨が砕かれずに済んだのは幸いだった。八年前の傷にしては、やけに治りが遅い気もするが……」


 イスクラ、とヴォルテール様が呼んだ。

 部屋の端でじっとしていた彼女が、弾かれたようにこちらへ飛んでくる。

 イスクラは私の背中の傷を見ると、低く唸った。


「『誰』『誰が』『こんな傷を』! 『私の』『ミルカに』!」

「ダミアンさんは、呪いと言っていたけれど……」

「『呪い』? 『魔法の気配』『する』。『呪いは』『ミルカの』『ためじゃない』」


 私が通訳すると、ヴォルテール様は考え込むように顎に手をやった。


「呪いはミルカ嬢に向けられたものではない、ということか」


 イスクラは鼻先を私の背中に当て、くんくんと匂いを嗅いだ。少しこそばゆい。


「『ミルカ』『じゃない』『血』『王族』」

「……王族の血を持つ者を狙った呪い、ということかしら」

「『そう』『でも』『呪いのせいで』『傷は』『治らない』」


 イスクラが説明してくれたところによると、あのドラゴンの爪には魔法が仕込まれていた可能性が高いそうだ。

 目的は、王族に呪いをかけること。だからあのドラゴンはハンス皇子を狙ったのだ。

 王族を死に至らしめる呪いは、私が受けたことで発動しなくなったものの、魔法は私の背に刻まれた傷の治りを遅くした。


 だから、八年前の怪我が、未だに膿んで焼けただれたようになってしまっているのだ。


「気になるのは、この双頭の兎の紋章だ……。誰がこの魔法を使ったんだ」

「『匂い』『虫の魔法』『似てる』」


 イスクラの言葉を訳すと、ヴォルテール様ははっと顔を上げた。


「黒朱病の虫に使われていた魔法か? あれとミルカ嬢の背中に残った魔法は、似ていると?」

「『似てる』『母ドラゴン』『子ドラゴン』『くらい』」


 黒朱病の原因となった、不自然に肥大化した虫。

 八年前、私とハンス皇子を襲ったドラゴンの爪。

 そして、ダミアンさんのお父さんを殺したドラゴンの牙。


 これらに似たような魔法が使われているということだろうか。

 それが意味するところが分からず、ヴォルテール様の顔を見上げると、彼は驚愕を抑えきれないように目を見開いていた。


 我らが北方辺境の領主は、獲物を追い詰めた狼の如き眼差しで、呟いた。


「やはりデザストル商会が一枚噛んでいるな。――それも、私が思うよりずっと前から」


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