44. 熊のような客人
大きな湖は凍り付き、雪化粧を施されている。
しんしんと降り積もる雪が音を吸い込むためか、寂寞とした眺めの中にも、削ぎ落された美のようなものを感じる。
私はヴォルテール様と並んで立って、その景色を眺めている。
鈍色の空を見上げていると、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。
「この湖が凍ることで、湖の向こう、山に隔てられた集落の人々が、アンドルゾーヴォに来やすくなるんだ」
「集落の人々、ですか」
「彼らは山間に暮らす狩人なのだ。ドラゴンの扱いにも長けているが、北方辺境のように大々的に飼ったり騎乗したりはしない。彼ら曰く『地に足の着いた生活』をしているんだそうだ」
「慎重な方々なのですね。何のためにアンドルーヴォにいらっしゃるのでしょう?」
「交易、情報交換。あとは夜会のため、だな」
「夜会って、そんなに面白いものなんですね」
そう言うとヴォルテール様は、出れば分かる、と笑った。
「この湖を渡って来るのは狩人たちだけではないぞ。隣国ク・ヴィスタの貴族たちもやって来る」
「外交ですね……!」
「そんな大それたものではないさ。この近くの別荘に滞在して、ドラゴンに乗ったりスキーをしたりサウナに入ったり、冬休暇を満喫するために来るんだ。――もっとも、そのさなかにちょっとした仕事のやり取りもするかもしれんが」
(つまりはそういう非公式なやりとりで、隣国の状況をそれとなく探っている、っていうわけね)
北方辺境は立地からして、何かあった時の矢面に立たされる立場だ。
そのためにも、隣国の様子を常に探らなければならないのだろう。争いの気配を感じたらそれとなく準備しなければならないし、友好的な関係を築くための努力もしなければならない。
(ヴォルテール様は本当にお忙しい方ね……せめて夜会では足を引っ張らないようにしなくちゃ!)
と、ひっそり決意を固めていると、ヴォルテール様が湖の向こうを指さした。
「――来たぞ。狩人の連中だ!」
その言葉と共に、鈴の音が微かに響き始める。その鈴の音は重なり、膨れ上がって、多重奏を奏で始めた。
「わあっ……!」
八頭の犬が猛烈な勢いでこちらに駆けてくる。後ろにはそりを括りつけており、見事な脚力で凍った湖を渡る。
かと思えば、その後ろを、太い足の馬二頭に引かせた馬ぞりが追いかけてくる。
こちらは氷が割れるのではないかと不安になるほどしっかりとした足取りで、黒い箱のようなものを引いていた。
(あれは馬車の箱のようなものかしら? とすると、乗っているのは女性かも)
いずれも鈴をいっぱいつけて、遠くからでも接近が分かるようになっているらしかった。
そりには乗らず、馬一頭に乗ってやって来る人もあった。
ともあれ、人間がざっと三十人ほど、馬と犬がそれぞれ五十頭ほどの一群が、鈴の音と共にアンドルゾーヴォにやって来たわけである。
大声を上げて犬たちを止め、雪を蹴散らしながらそりを止めたのは、ぬっくりと大きな男性だった。
毛皮つきの帽子と口元を隠す布のせいで表情は伺えないが、ヴォルテール様よりも遥かに背が高く、がっしりと丸太のような腕をしている。
ヴォルテール様は大股でその男性に近づくと、力強く抱きしめた。
「やあ、親友! 今年の冬も湖を渡り、よくぞここまで来てくれた!」
「やあ、親友。また今年も出会えることを嬉しく思う!」
低い弦楽器のような声は大きいが、感情に乏しい。何だか野生の熊みたいだ。
そう思っていると、男性がこちらを見た。
「あれは、あんたの嫁か?」
「そうであればどんなに良いんだが、今はまだ違う。――紹介しよう、ミルカ嬢だ。プラチナドラゴンに好かれ、今は火吹き種の乗り手でもある」
「火吹き種、だと?」
男性の、翡翠にも似た色の目がきらりと輝く。好奇心に火がついたような眼差しは、どこかヴォルテール様やギムリさんと似ていた。
違うのは、この男性がひげもじゃで長髪で、本当に熊みたいな容貌であるという点だろうか。
彼はぬっと私に近づくと、その大きな手のひらを突き出した。
「火吹き種とはどこで出会った? プラチナドラゴンに好かれたということはプラチナドラゴンの仔を卵から孵したということだな? どうやって孵した? 俺の仮説ではやはり王族の存在が鍵になってくると思うのだが」
「え……ええと……」
背の高い人から覆いかぶさるように詰問されて、私は目を白黒させてしまう。
(どこか獣のような匂いがする……。この人は本当に、狩人なんだ。自然の中に住まう人なのね)
そう思った時、ヴォルテール様がぐいっと私を引っ張って、男性と私の間に身を滑り込ませた。




