42. 疑問は未だくすぶったまま
「私が見た魔導書はね、どうやら魔法を使えない人間を拒むみたいなのよ」
「魔法を使えない人間……ってことは、現代の人間全員が該当するんじゃないか」
「私たちはそのやり方を知らないだけで、魔法を使うための条件は揃ってるらしいわよ。現に前働いてた屋敷でも、奥様の方は魔導書を開けるのに、旦那様の方は魔導書を開けなかった」
ふうんとケネスはウィスキーのグラスを傾けた。
「全員が開けないなら、そういう作りなのかと思うけど、開ける人間と開けない人間がいる……っていうのは、何だか本物っぽさがあるな」
「結局手品の域を出ないのかも知れないけど。ま、ともかく私は前に魔導書を見たことがあって、それっぽいものを持ってる人がデザストル商会に出入りしてるのが分かった」
「だから魔法の痕跡があったってことが分かったわけだな」
ケネスが頷くのを見、タリは呆れたように、
「馬鹿ね、それだけで魔法が使われたなんて報告できるわけないでしょ。物証がないと」
「物証ったって、魔法が使われたことなんて分かんないだろ」
「私が分かんなくてもヴォルテール様は分かるかもしれないじゃない。カイルは魔法を使うんだから」
「あ、そうか。カイルがいたか」
「何かのヒントになるかもって思って、目ぼしいものを持って帰ってきちゃった」
てへ、と舌を出すタリだが、やっていることはコソ泥のそれである。
しかも相手はデザストル商会だ。タリの度胸にケネスは舌を巻いた。
「バレにくいように、一部屋から一つずつ持ってきて、ヴォルテール様にお見せしたんだけど……。あの方、魔法が使われてるかどうか分かるみたい」
「すげえな。同じドラゴン乗りでも、俺にはそんなことできないわ」
「ヴィトゥス種は魔法を使わないドラゴンだもんね」
「で、デザストル商会から持ってきたもののどれに魔法が使われてたんだ?」
そう尋ねるとタリは首を振った。
「それは教えてくれなかったわ。色々持ち帰ったのよ、タペストリー、ガラスケース、燭台、ちょっとしたアクセサリー……。どれに魔法がかけられてたのかしら」
「何のために魔法なんかかけるんだ」
「さあ? それを考えるのはヴォルテール様のお仕事よ」
残り少なくなったウィスキーを、名残惜しそうに舐めながら、ケネスが尋ねた。
「王宮の方にも行ったのか」
「そっちはちょっと顔出して、帳簿を見て来ただけー」
「帳簿を……ってお前、さらっと言うけどなあ! 帳簿なんて極秘中の極秘だろ」
「ふっふっふ。メイドをなめないでよね。隠し引き出しとか、バレバレすぎてお話になんないわよ」
「でもあれって、ちゃんとした鍵で開けないとだめって言うだろ」
「王宮って同じメーカーの家具屋からしか家具買わないでしょ。だから隠し引き出しの位置も鍵も共通なの。これは家具屋の怠慢だけど、王宮の怠慢でもあるわよねー」
恐ろしい、とこぼしたケネスははっとしたような表情で、
「もしかして、だからヴォルテール様は、色んな商店から家具買ってるのか……!?」
「多分ね。まああの方の場合、北方辺境の商店にまんべんなく発注して、事業を育てたいって意図の方が大きいでしょうけど。……で、その帳簿なんだけどね」
タリは肩をすくめ、
「不自然な工務店の出入り、ドレスの品質に対して高すぎる請求書、開催されていない夜会。第二皇子の帳簿が特に怪しかったわ」
「へえ……ってお前まさか、帳簿の項目、全部暗記してきたのか」
「そうよ? 私の感覚だけじゃヴォルテール様に報告できないもの」
さらりと言うが、分厚い帳簿の全てを暗記するなど、正気の沙汰ではない。
だがタリはそれができるのだ。だからスパイとして重宝されたとも言えるだろう。
いずれにせよ、彼女自身にとって、自分の能力などどうでもいい。
「王宮の帳簿なんて、大なり小なり不自然だけど……。第二皇子はあまりにもお金を使いすぎてる。ドレス代に見せかけてるみたいだけど、いくらドレスや宝石や、それをしまっておくための部屋の改装が必要でも、あんなにはかからない」
「じゃあ、王宮から不自然な金の流れがあるっていうヴォルテール様の見込みは、正しかったのか」
「そのお金の流出先が分からないのよ」
ケネスは腕を組んで考える。
「俺の中で、金がかかるものっていったら、一番はドラゴンだけど。でもデザストル商会はドラゴンの売買はしてないから、ここで結びつくって感じでもないんだよな」
「魔法がらみのことにお金を費やしてるのかしら……? 馬鹿高い魔導書を買いあさってるとかかしら」
「うーん……。これがドレスとかドラゴンだったら、分かりやすかったんだけどな」
タリも小首を傾げたが、王宮が――特に第二皇子が、何にお金を使っているのかは、依然として分からないままだった。
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