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4.小賢しい女


 北方辺境。


 それはまつ毛も凍る極寒の地であり、セミスフィア王国と隣国ク・ヴィスタ共和国の国境付近のことを指す。

 険しい山々がそびえ立ち、西方を海に面している為、昔から王族が流刑地として使用していた。

 どこへも逃げられない立地に加え、野生のドラゴンたちが生息しているから、そこに流された人間は、早晩死ぬともっぱらの噂だ。


 しかし、父はこうも言っていた。

「あそこはドラゴンと人間が共に暮らしている、稀有な場所だ」と。


(身寄りもなければ後ろ盾もない私が、北方辺境のような過酷な場所で長生きできるとは思っていないけど……。ドラゴンと人間が共に暮らす様を、少しでも見ることが出来れば良いな)


 馬車の旅は、想像していたほど悪いものではなかった。

 手入れのされていない馬車のスプリングは最悪で、お尻は酷く痛んだし、執務官の馬面といつも顔を突き合わせていなければならないことは気が滅入った。

 けれど、北上するにつれて、植生が変わった。

 執務官はうら寂しい光景だと吐き捨てたが、枯れ草ばかりの草原は、私にとっては宝の山だ。


「また雑草を集めて来たのか。気味の悪い娘だ」


 バスケットいっぱいに花を摘んできた私を見、執務官が顔をしかめる。


「これはキャンベルフラワーといって、薬草なのです。お茶の葉と松脂と混ぜたものを焚くと、ドラゴン除けになります」

「薬草だの焚くだの、魔女のようなことを言う。やはり気味が悪い」


 北方辺境に徒手空拳で放り出されるのだ。キャンベルフラワーのドラゴン除けなど、気休め程度にしかならないだろうが、無いよりはましだ。

 それに思いもかけない掘り出し物も見つかった。


 私はバスケットの奥に忍ばせた「瑪瑙石」をこっそり見つめる。

 瑪瑙石と呼んでいるけれど、鉱石ではない。正体は生き物の糞だ。(と言うと執務官が捨てろと激怒しそうなので、黙っている)

 クイヴァニール地方には天馬と呼ばれる、翼の生えた馬がいる。その馬は特殊な火山の灰を食べるのだが、その灰を含んだ糞が、ドラゴンの爪の炎症によく効くのだ。

 中々手に入らないものだし、ドラゴンが多くいるという北方辺境では、そこそこの値で売れるかも知れない。


「そんなものを作ってどうする」

「お金になりますし、自分がドラゴンに関する最低限の知識を持っている、という証になるかと」

「それを証立てて何になる」

「今から向かう北方辺境の人々から、石を投げつけられないとは限りません。ドラゴンに関する知見があり、必要があればドラゴンの世話が出来るということは、アピールしておいて損はないと思うのです」


 そう言うと、執務官は蔑んだような目で私を見た。


「小賢しい女だ。そのように計算高いから、婚約者が一人も現れなかったのだろうな」

「あ……」


 言葉が深く胸に刺さり、私の脳裏を、今までの婚約者「候補」の言葉が過ぎる。

『金のことばかり考えている』『女らしい愛情がない』『その金髪以外に女として評価できるところがない』

 ――『体に忌まわしい傷を持つ女など、誰が婚約者にすると思う?』


「……そう、でしたね」

「はっ。今更悔いても遅いがな。もっとも婚約者がいたところで、皇子はお前を手放さなかっただろうが」

「ええ。私を婚約者ということにしておけば、ドラゴンの面倒を全て私たちに無償で押し付けられますから」

「口を慎め。皇子はそこまで狭量な男ではないぞ。お前と婚約関係を結ぶことでお前を守ろうとしていたのだ。自分の代わりにお前を守ろうという男が現れれば、喜んでその場を譲ると仰っていたぞ。まあ、お前のような女と結婚したい男など、いるはずもなかったが!」


 大嘘つきめ、と言いたいところだが、私に言い寄る男性が一人もいなかったことは事実なので、何も反論ができない。

 私は誰からも必要とされず、婚約者「候補」は皆私の元を去った。結果、アールトネン家は皇子の一言で吹き飛ぶほど弱くなった。


(もっと財力があれば。もっと発言力や、影響力があれば、こんなことにはならなかったかもしれない)


 私が、アールトネン家の断絶を招いたのだ。

 胸に重く響く事実に、改めて打ちのめされた私は、馬車の外をぼんやりと見つめることしかできなかった。


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