30. 狩りの回想
ヴォルテールは長いため息をついて、私室から出ると、執務室に移動した。
その音を聞き付けて、タリが猫のように執務室に滑り込んでくる。
「どうでした? ミルカ嬢は」
「根深いな。まあゆっくりやるさ」
「そうじゃなくてドレスの話ですよ~。可愛かったでしょう?」
「当然だ、私が選んだのだからな」
「おっと間違えないでください、私が髪型を変えて差し上げたからですよ」
タリはにやりと笑うと、手にした書類をヴォルテールの前に置いた。
「ケネスからです。今回のラジャニ・カラ種の黒朱病についての報告書だとか」
「ありがとう。何か言っていたか」
「特には。うちのドラゴンに虫が移った形跡はないそうですから、一安心ですね」
安堵の表情を、ヴォルテールは隠さなかった。
黒朱病は治療が困難な病だ。冬を前にドラゴンの個体数が減るのは避けたかった。
「しかし妙だな。黒朱病は秋の終わりに出るものだ。時期が早すぎる」
「それはケネスもギムリのおじさんも言ってましたね。狩る個体が減っていないと良いのですが」
「あまり狩りすぎても、来年の個体数に関わってくるからな……」
目を細めたヴォルテールは、取り出した帳簿をさっと眺める。
「幸いにして夏の小麦がよく売れたから、現金はあるな。牛や豚を去年の1.5倍多く買って、ドラゴンたちの餌に当てることにしよう」
「はい、ケネスにもそう伝えておきますね」
「黒朱病がなぜこの時期に発生したのかという点については、引き続きギムリに調べさせてくれ」
「了解です。まだ黒朱病の個体が残っているかもしれませんし、次狩りに行くときは、今少し用心なさった方が良いですね」
タリの言葉にヴォルテールは肩をすくめた。
「まったくだ。網を一枚しか持って来ないというのは我ながら油断しすぎていた」
「それで火吹き種の能力が分かったんですから、たまには油断も役に立つのでは?」
「それでミルカ嬢を危険に晒していては何の意味もない」
「危なかったんですか?」
「間一髪だった」
ヴォルテールは昼間のことを思い出す。
追い込んだラジャニ・カラ種の群れが、網を食い破って飛び出したあの光景。
散り散りになるドラゴンたちに、カイルの咆哮を浴びせようとして、ふと頭上からの日差しが遮られていることに気づいた。
空の上にいたのはミルカとイスクラだった。
頬を紅潮させ、眼差しを興奮と不安にぎらつかせながら叫ぶミルカの姿。その声。
「火吹き種に乗ったミルカ嬢を見て、天使とはもしかしたら、ああいうなりをしているのかもしれない、と思った」
「ウワッ、ヴォルテール様が天使とか言った」
「主に向かってウワッとは何だ」
「いや、ケネスも多分同じ反応すると思いますよ」
狂乱状態のラジャニ・カラ種の群れに向かって放たれた橙色の焔。
イスクラの小さな体から発せられたとは思えないほどの焔の渦は、火吹き種の強さと希少性を大いに物語るものだった。
だがヴォルテールにはそれを眺めている暇はなかった。
ミルカとイスクラの背後に接近する、野生のドラゴンの姿が見えていたからだ。
病に侵された爪で攻撃されるとなかなか治らない。間一髪のところで殺せたが、危ない所だったのだ。
「火吹き種が見つかったことも貴重だが、それよりもミルカ嬢が無事だったことを喜びたい。ずいぶん肝を冷やしたからな」
「全然肝を冷やした風には見えませんけど」
「無表情は美徳だ。領主をする上においてはな」
さらりと言ってヴォルテールは、小さな薄紙に何か書きつけると、それをタリに渡した。
「すまないが仕事だ。イスクラの出所を探りたい。イスクラを売ったドラゴン商人と、あとはデザストル商会について探りを入れてくれ。ドラゴンによる軍団計画がどこまで進んでいるのか、把握しておきたい」
「ワオ、デザストル商会とは大物ですね。きな臭いことこの上ない」
「お前好みの仕事だろう? ――何しろお前は王宮で暗躍していた元スパイなのだから」
くふっと笑ったタリは、ひらりと一回転して、優雅にドレスの裾をつまんでみせた。
「その通り。メイドから侍女まで何でもござれ。その裏でがっつりしっかり裏情報掴んでは流しまくっていた女スパイとは、この私のことですからね」




