23. 発火寸前
「高い場所からなら、皆の様子が見えるわよね。ここでじっとしてましょう」
私とパールが隠れ場所として選んだのは、山の頂上近くにある岩の上だった。
ここなら狩りの様子が見られるし、ラジャニ・カラ種のドラゴンが襲ってきてもすぐに逃げられる。
パールはいつでも飛び立てるように、翼を完全には下ろさず、油断ない表情で辺りを見回していた。
「『わたし』『まもる』」
微かだが、また声が聞こえた。音として聞こえるというより、頭の中に直接響いてくるような感じだ。
(何の声だろう。私に話しかけているの……?)
「もしかして――あなたの声?」
パールは応えない。きっと私の気のせい、だろう。
張り詰めた様子でいるので、首のあたりを軽く掻いてやる。
「頼もしいわね。でも私も見張るから、そんなに緊張しなくて大丈夫よ」
パールは鼻を鳴らすときゅるるっと鳴き、また咳き込むような声を出した。
すると、先程と同じ硫黄の匂いが鼻をかすめた。
「さっきのは火薬じゃなくて、あなたから漂う匂いだったのかしら」
硫黄の匂いがするドラゴンなんて聞いたことがない。パールはどこか体調が悪いのだろうか?
だが鱗や体色、角の様子を見るに、体調不良という印象は受けない。
パール特有の匂いなだけで、特に不調はないという可能性もある。
「ヴォルテール様は気づいていらっしゃるのかしら。今度相談してみ……」
「ぎゅうっ、きゅうっ!」
パールが鋭く鳴いた。
ぱっと振り返ると、私たちの背後に、比較的大きなラジャニ・カラ種のドラゴンが降り立つのが見えた。
黒い鱗は無惨にも剥がれ落ち、牙は四、五本欠落していた。
目がぎょろぎょろと不気味に動くのは、黒朱病の末期症状だ。
涎をだらだらと垂らしながら、岩に爪を食いこませて、私たちににじり寄って来る――。
「逃げて、パール!」
パールは岩の上から飛び降りた。ほとんど落下するようにして、ラジャニ・カラ種から距離を取る。
胃がぐうっとせり上がるような、嫌な浮遊感。けれど歯を食いしばってそれを堪え、これから訪れるであろう飛行に覚悟を決めた。
パールは、素晴らしい勢いで落下してゆく。そうしてばっと翼を広げて落下速度を落とすと、前方に向かって飛び始めた。
(私もゴーグルを持って来るんだった!)
凄まじい風圧に、ほとんど目が開けていられなくなったが、それでも懸命に振り向いた。
ラジャニ・カラ種のドラゴンは、じぐざぐに飛びながら、想定以上の速度で私たちに追いすがって来ていた。
(翼も尻尾もめちゃくちゃに動かして、とても速度が出るようには見えないのに! 体を限界まで酷使してるんだわ!)
しかしパールも負けてはいない。
風を上手く利用してどんどん加速してゆく。私も彼女の邪魔にならないよう、パールにぴたりと体を寄せて、少しでも風の抵抗を少なくしようとした。
「『もっと』『もっと』『まだ』『足りない』」
「足りない? 何が足りないの!」
「『もっと』『熱く』『燃やして』!」
風を切る音の中に、妙な音が混じる。何かがぐらぐらと煮え立つような音だ。
(もっと熱く……燃やして? ああもうよく分からないけど、止まってはいけないってことだけは分かる!)
「パール! 私のことは気にしないで、飛ばして!」
言葉が通じたのかは分からない。
けれど次の瞬間、首ががくんと持っていかれるほどの加速を感じた。
しがみつくのが精いっぱいだ。それでも、彼女の加速と共に、ぐらぐらという音が大きくなってゆくのを感じる。
それと同時に、パールの体がどんどん熱くなってゆく。
(運動をしたから体温が上がった、というわけじゃない……! 燃えるように熱い!)
「燃える、ように?」
私の頭に一つの予感が浮かび上がる。
昔読んだ本に書かれていた程度の根拠しかない。ほとんど妄想、ただの希望だ。
(でもこれが当たっていたら……野生のドラゴンたちをどうにかできるかも)
同時に、入り組んだ山間の地点に突入した。一瞬でも誤れば岩肌に激突してしまう。
思わずハーネスをぎゅうっと握り締めた。
目を閉じたかったけれど、それは乗り手として不誠実な気がして、凄まじい風圧の中でも頑張って前を見据えていた。
(これで追いかけてくるドラゴンを振り払えたらいいんだけど!)
ちらりと振り返るが、ラジャニ・カラ種のドラゴンはしっかりパールの後ろについてきている。
何という敏捷さ。敵ながら舌を巻く。
「頑張って、パール!」
「『速く』『速く』!」
耳に聞こえる声が上ずったような語調になった。
その瞬間、ぱっと前が開ける。入り組んだ地点を抜けて、ぽっかりと開けた場所に出たらしい。
眼下にはアンドルゾーヴォの街が広がっている。
そして、街からさほど離れていない場所に、ドラゴンたちが密集していた。
「ラジャニ・カラ種のドラゴンたちが、網の中に追い立てられてる……良かった、あとはあのドラゴンから逃げ切ることができれば!」
網から出ようとするドラゴンがいれば、すかさず味方のドラゴンたちが押さえにかかる。
見事な連携だった。あとは網を引き絞って捕まえれば、街に被害が及ぶことはなさそうだ。
そう安堵した、瞬間。
網が破れ、その隙間からドラゴンたちが飛び出した。
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