21. ドラゴン選び
ミルカ嬢、と美しいバリトンの声に呼ばれ、私は顔を上げた。
兵舎に現れたヴォルテール様は、動きやすそうな服装をしていた。
エメラルドとダイヤが品よく配置された分厚い革の上着と、いつもは身に着けないゴーグルの取り合わせが、狩りという非日常に身を投じることを物語っている。
「今日は今年最初の狩りだから、あまり追い込まない。獲物がいたら一体か二体捕まえる、という儀式的なもので、速度もそこまで出さないつもりだ」
「はい。見学の機会を頂けて嬉しいです!」
「それは何よりだ。さて、本来であればカイルに乗ってほしいところなのだが、今年初めての狩りで気が逸ってあなたを振り落としかねないからな。ヴィトゥス種に乗ってくれ。ケネスについて飛べば危険はないだろう」
ヴィトゥス種は飛行能力に長けているが、爪があまり大きくなく、攻撃的なドラゴンではない。
だから狩りでは勢子――獲物を追い出す役目――を務めることが多いのだそうだ。
それにヴィトゥス種であれば、獲物に反撃されても、その優れた飛行能力で避けることができる、と説明してもらった。
狩りに慣れているヴォルテール様が言うのなら、それに従った方が良いだろう。
「ではこちらに。ヴィトゥス種だけを集めたパドックに案内しよう」
ヴォルテール様と共に、藁の敷かれたパドックへ向かう。
そこには七頭ほどのヴィトゥス種が、思い思いに過ごしていた。狩りに行くのであろう男性が、一頭を選んでハーネスを装着していた。
「ここのヴィトゥス種は若いが、狩りを経験したことのある個体だ。狩りの雰囲気にのまれて暴走したり、あなたを振り落としたりすることはないだろう」
「ギムリさんから、ドラゴンの気を落ち着けるための鱗止めをお借りしています。もし暴走しそうになったら、これを首の鱗に引っ掛けるようにしますね」
鱗止めは私の手のひらより少し大きい、クエスチョンマーク型の金具だ。
これをドラゴンの首周辺の敏感な鱗に引っ掛けることで、ドラゴンは水をかけられた犬のようになるのだとか。
「少しでも危ないと感じたら引き返すようにします」
「それが良い。ミルカ嬢の判断であれば信頼できる。……さて、どの個体が良いだろうか」
さらりと信頼という言葉を口にされ、少しばかり気恥ずかしい気持ちになりながらも、私はパドックを見渡した。
いずれのドラゴンも意気軒高、早く飛びたくて仕方がないという顔をしている。
「……?」
パドックの隅から視線を感じた。
そこにうずくまっていたのは、他の個体よりも少し小さい、真珠色のドラゴンだった。黒やチョコレート色といった暗い色の多いヴィトゥス種にしては珍しい。
きらきらした黄金色の目で、観察するように私を見つめている。視線を返しても臆さない。
(良い気質ね。怯えず、だからといって攻撃的でもない。我慢強さがある)
私はそのドラゴンに一歩近づく。顔を上げたそのドラゴンは、小首を傾げて見せる。
「触るわね」
許可を得て首の鱗にさっと触れると、心地良い熱が伝わって来た。
健康で丈夫な個体だ。それにどこかわくわくしている感じがする。触れていると、ドラゴンの興奮が伝わってくるみたいで、私も気分が高揚してくる。
ヴォルテール様が声をかける。
「その個体にするか? 飛行能力や経験はそこまででもないが、よく人の顔を見て行動するドラゴンだから、言うことが伝わりやすいと思う。咆哮は苦手のようだがな」
「ヴォルテール様は、ここにいる全てのドラゴンの様子を把握しているんですか?」
驚いてそう言うと、ヴォルテール様は肩をすくめた。
「アルファドラゴンは群れの様子をよく把握できる者にしか務まらない」
「それはアルファドラゴンに乗る人間も同じ、ということですか。すごいです……!」
「ミルカ嬢もやろうと思えばできるだろう」
「いえ、さすがに百体以上の個体は把握できないと思います。私も精進しなくちゃ、ですね!」
ヴォルテール様はふっと笑うと、
「今でも十分精進していると思うがな。自分に厳しいのはミルカ嬢の美徳だが、悪い癖でもある」
と言って、真珠色のドラゴンをちらりと見た。
「ではこのドラゴンにハーネスをつけてやれ。体が小さいから、しっかりハーネスの調整をしてやらないと、鱗がすれて痛むぞ」
「了解です。あの、この子の名前は」
「パールだ」
そう言うと、パールはふしゅーっと鼻から長い息を吐いた。
「……本人はその名を気に入っていないようだがな」
苦笑してヴォルテール様はパドックを出て行った。
私はヴィトゥス種用の革製ハーネスを持って来ると、パールに装着して金具を調節した。緩んだり弛んだりしないように、色んな箇所を調整する。
「こんな風に調節箇所が多いハーネスだと、ドラゴンの大きさに合わせて微調整できるから良いわね。王宮にもこのハーネスを送ってあげたいくらい」
パールは大人しくハーネスを調整させてくれた。
最後に背中の金具を調整して終わりだ。立ち上がりかけた私の耳に、囁くような声が聞こえてくる。
「『おなか』『きつい』」
「……?」
私は屈みこんで、パールの腹部のハーネスを見てみた。確かに、指一本も入れられない程きつく締まっている。
そこを調整すると、パールはふしゅっと鼻息を吐いた。
「もう大丈夫そう?」
尋ねてみるが、返事はない。
(まあ、それが当たり前なんだけど。さっきの声は何だったんだろう)
首を傾げながらも、私はパールと共にパドックの外に出た。
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