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1. 婚約破棄



「ミルカ・アールトネン。お前との婚約を破棄すると同時に、北方辺境への追放を命ずる」


 傲岸に言い放たれた言葉は芝居がかっていて、少しだけ白けた。


 私に婚約破棄と追放を告げたのは、この国の第二皇子であるハンス・ヴィイ・ヴォーハルトだ。彼の傍らには小柄な少女が佇んでいて、私の方をおずおずと見つめていた。

 華奢で、控えめで、内気そうで。

 私とは正反対の少女だ。


 私はと言えば、流行のドレスに豪奢な宝石を幾つも身に着けている。ベルト、ペンダント、イヤリング、アンクレット、その全てに色とりどりの巨大な宝石がはめ込まれていた。

 対して、皇子の傍らに佇む少女は、質素なグリーンのドレスに身を包み、装飾品と言えば僅かなレースとリボンのみ。化粧っ気のない顔は抜けるように白く、労働を知らぬ手は折れそうなほど細い。

 皇子も心動かされるわけである。


「お前の浪費癖は目に余る。皇子である私よりも多くの宝石を身に着け、それを誇示する様は下品の一言に尽きよう。……この愛らしい娘、アンナと比べて雲泥の差だ」


 なんにも分かっちゃいない皇子様の、これから私を断罪することへの喜びを滲ませた言葉に、私は思わず苦笑する。

 そう、確かに私は宝石好きで、じゃらじゃら音がするほど大きなのを身に着けている。でもそれにはちゃんと理由がある。

 何度も説明してきたのに、一向に理解してくれなかったのは、それを口実に私を追放したかったからなのだろう。


 皇子は苛立ったように頭を振って、なおも私の罪を数え上げる。


「その上、アールトネン家に任じたドラゴン飼育の仕事も、ちっとも捗っていないではないか! 王族に伝わりしプラチナドラゴンの仔も、未だ蝙蝠程度の羽根しか持たぬ……」

「殿下、お言葉には注意なさった方がよろしいかと。ドラゴンは気高い生き物故、そう言った比喩には敏感です」

「ハッ、ここからドラゴン舎まで声が届くものか。それに、どうせまだ子供なのだろう。お前の怠慢でな。そんな子供に王族たる私が配慮してやる必要などあるまい」


 ドラゴンに固執するわりには、彼らの生態を少しも知ろうとしない皇子。プラチナドラゴンのような知性の高いドラゴンは、自分に関する評価であれば、例え距離があろうと聞き付ける。

 ましてや自分が仕える王族の言葉だ。今のハンス皇子の言葉は筒抜け、あの小さなかんしゃく玉みたいな子は、ドラゴン舎で地団太を踏んでいることだろう。


 そう、オパールのような体色で、艶やかで、子犬みたいに懐っこいプラチナドラゴンの仔。

 あの子にはきっと、もう会えない。だって私はこれから追放される。


(それだけじゃない、これからアールトネン家は――滅亡する)


「既にドラゴンの仔が生まれて六年は経つが、一向に大きくならない。それはお前たちアールトネン家の育て方が悪かったからだ!」

「――」

「アールトネン家は代々ドラゴンの飼育に長け、その技を以て我らセミスフィア王国に仕えてきた。ゆえにこそ、王族に伝わるプラチナドラゴンの仔を、正しく成長させられなかった罪は大きい」

「……仰る通りにございます」

「既に亡きお前の父、並びにお前は罪深き存在である。――よってお前は北方辺境へ追放。重ねてアールトネン家のドラゴン飼育権をはく奪し、我がドラゴンに触れることを禁ずる」


 やっぱり来た。

 私は努めて大きく息を吸って、静かに吐き出した。


「我らアールトネン家の力及ばず、申し訳ございません。その咎は私が受けましょう。北方辺境への追放も謹んでお受けいたします、ですが」

「減刑の嘆願は受けない」

「いえ、ドラゴン舎にいるアールトネン家の飼育員は、そのまま引き続き雇って頂きたいのです。彼らはそれぞれのドラゴンについてよく知っていますし、飼育人としての腕も確かで、」

「お前は馬鹿か? アールトネン家の育て方が悪いからプラチナドラゴンの仔は育たなかったのだ、同じ轍を踏むわけがないだろう!」


(なるほど、つまり飼育員たちは全てクビになるというわけね)


 私は一礼し、


「それでは北方辺境へ参る準備をさせて頂きたく、一時間程お時間を頂けますでしょうか」


 と先手を打った。

 皇子は大方「今すぐ準備をしろ、半日後に出発」とでも言って私を驚かせたかったのだが、そうはいくものか。

 案の定驚いた表情になる皇子だったが、ややあって鷹揚に頷いた。

 それを見た瞬間、私は駆け出した。


「アールトネン家の家財と屋敷を差し押さえろ。これよりアールトネン家の家紋の使用を禁じ、その名を封ずることとする」


 という皇子の屈辱的な命令を、背後で聞きながら。

お読み下さり有難うございます!

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