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第二話 僕の秘密(一)

 ゆっくりとマウスを動かして『作品投稿』の文字をクリックする。

 ファイルを選択して、あらかじめ考えていたタイトルやタグを打ち込んでいく。

 よし、準備完了。


「……あと三十秒」


 ちらりと時計を確認して、今か今かと僕はその時を待つ。

 五、四、三、二、一、――。

 時計の針が零を示した瞬間に、僕は『投稿する』をクリックした。


「……はぁー」


 画面に映し出された『投稿しました』の表示に止めていた息を吐いた。

 別に息を止めなくてもいいのだが、つい緊張して止めてしまうのだ。

 だって、「よし、投稿したぜ!」と思った瞬間のエラーは、出鼻を挫かれたようで悲しいし虚しいから。

 やり直したら何故か二重投稿になってしまい、思わず「何でだよ!」と声を荒げてしまったことだってある。

 だから、作品が無事に投稿された時はほっとするのだ。

 作品の投稿ぐらいもっと気軽にやれよと思わなくもない。だが、自分の描いた作品がネットの中限定とはいえ――いや、ネットだからこそと言った方が良いのかもしれないが――世界中の人々に見られるのだと思うと、やはり緊張してしまうのだ。



 僕こと高瀬(たかせ)(ひびき)には、友人たちにも秘密にしていることがある。

 僕は昔から絵を描くのが好きだった。それは友人たちも知っている。とあるコンクールで僕の作品が入賞したことも彼らは知っている。

 けれど、僕がこうしてネット上で絵を公開していることは知らない。僕の作品がブックマーク数一万超えをしていることも勿論知らない。

 絵を描くのが好きな奴。それだけのことしか彼らは知らない。知らせて、いないのだ。

 こんなにも自分の絵が評価されているんだぞと自慢したい気持ちがない訳ではない。でも、何となく恥ずかしくて言えなかった。

 中学生になってから、僕はタブレットを使ってデジタルで描くようになった。最初はそれだけで満足していたのだ。

 ある日、投稿サイトというものがあるのだと知った。

 早速パソコンで検索をかけてみれば、そこに映し出されたのは数多くのイラストや漫画や小説で。

 取り敢えずランキング上位の絵を僕は見ていった。

 写真と見間違う程の絵。

 一目見てわかる空想世界の絵。

 オリジナルのキャラクターやアニメのキャラクターが描かれた絵。

 透明度の高い水彩画風のものもあれば、厚塗りのものもある。

 描かれているものも、描き方も、まさに千差万別で。

 それらを見た時、僕の世界が広がった気がした。

 いろんな絵を、たくさんの絵を見えることに、出会えることにわくわくして胸が高まった。

 何で今まで僕はこの世界を知らなかったんだと少し悔しくも感じた。

 そして、僕はふと、あることを思いついた。

 よし、僕も投稿してみよう、と――。

 自分でも何でそう思ったのかはわからない。

 魔が差したというか何というか。その時感じた興奮が僕を突き動かしたのだ。まあ、よくある「その場のノリで」という奴だ。

 でもきっと、僕は思っていたのだ。

 誰かに自分が描いた絵を見てもらいたい、と――。

 その思いが心の奥底にあった。そんな思いが僕の中に確かにあったのだ。

 善は急げ。早速サイトに会員登録をした。ユーザー名はこれまた何となく思いついた名だ。


 (めい)――それが、僕のもう一つの名前。


「でも、ディスられるのは嫌だなぁ……」


 ドキドキしながらも、今まで描いてきた絵の中から取り敢えず何作か投稿してみた。

 だが、数時間経っても評価もブックマークもコメントされることもなく、特にこれといって何も起きなかった。

 少し落胆しつつも、「まあ、こんなものか」と独りごちて、その日は終わった。



 それから少し経った頃。ふと思い出して、投稿サイトのマイページを開いた僕は目を丸くした。


「マジか!」


 食い入るようにパソコンの画面を見つめる。

 なんと、投稿した作品がいつの間にか評価されていたのだ。

 数人にブックマークもされており、更には「綺麗!」とか「その画力がほしい」とか「ふつくしい」とか「この絵好きです!」とか、そんなコメントが書かれていた。

 スタンプを使って「いいね!」と言ってくれている人もいれば、日本語以外の言語で書かれているものもある。翻訳サイトを使って調べてみたら、それはどうやら賛辞の言葉のようだった。


「よっしゃ!」


 今が夜だとか、家族が寝ているだとか、そんなことを考えずに僕は拳を握りしめて叫んだ。


 ……嬉しい。これは、嬉しいぞ。


 ただただ嬉しいというその感情がふつふつとこみ上げてくる。嬉しさのあまり飛び跳ねたい衝動に駆られたが、それは何とか堪えた。

 画面を見ながら、思わず顔がニヤついてしまったのは、まあ、ご愛嬌ということで。

 評価が全てではない。それはわかっている。

 評価されるために絵を描いている訳ではない。絵を描くのが面白いから、好きだから、描いている。

 けれど、誰かに評価されることを望んでいた自分もいる訳で――。

 画面の向こう側、世界の何処かにいる、顔も名前も知らない人たち。

 そんな人たちが僕の描いた絵を評価し、好きだと言ってくれた。それはもう嬉しかった。

 それからも僕は描いた絵を、自分の作品を、投稿し続けた。

 苦心して描いた作品への反応が芳しくなく、逆に何でそれがという作品が評価されることもあった。

 当たり前のことだけど、それもまた面白かった。

 そして、気づけば鳴は記事で紹介される程の絵描きとなっていた。



 高校生になった今でも、僕はこうして投稿を続けている。

 描きたいから描く。その考えは変わらない。

 さっさと課題と予習を終わらせて、眠くなるまで絵を描く。絵を描くために睡眠時間を削ることもあるし、徹夜することもあった。

 それで「いい加減にしなさい」と親に怒られたことはない。

 成績は上の中ぐらいをキープしているし、そもそも僕の親は基本放任主義だ。


 ――やれる時にやれることを、やりたいと思ったことをやりなさい。


 そう、父さんによく言われる。昔は母さんにもよく言われたものだ。僕の両親は、そういう人たちだ。

 それが、僕としてはありがたかった。生きている間にやりたいことをやれるのは幸せなことだから。


「結構増えたなぁ」


 画面をスクロールして、今まで投稿した作品たちを眺める。

 過去の作品を見ると、「うわぁ……」という気持ちになってしまう。遡れば遡るほど、だ。

 あの頃は「上手く描けたぞ!」と思っても、今見てみると修正したい箇所が何個もあった。

 見るに堪えないとまではいかないが、非公開にしたい衝動や消したい衝動に駆られる。でも、何とかそれを抑え込む。

 だって、折角評価してくれた人たちがいるのだ。それなのに、非公開にしたり消したりするのは何だかその人たちに申し訳なく思えて、実行には移せなかった。

 それに、ブックマークしていた作品がいつの間にか削除されていた時の絶望感を僕自身味わったことが何度もある。だからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。

 まあ、あまりにも酷いものは容赦なく消すけど。若気の至りは証拠隠滅するに限るのだ。


「ふむ、でもまあ、こうして見ると少しは上手くなったな自分」


 過去の絵と今の絵を比べて、うんうんと独りごちる。勿論、僕より上手い人なんていっぱいいることはわかっている。あくまで当社比の話だ。


 うん、上手くなった。

 上手く、なったよ。

 ……上手くなった、と思いたい。


 唱えるように自己暗示をかけていた時、ふと一枚の絵が目についた。

 たくさんの黄色い向日葵の中に、一本だけ青色の向日葵が描かれた絵。

 それは中学生の時に描いたものだった。向日葵は特に好きな植物なので、昔から何度も描いている。


「向日葵、か……」


 思い出されるのは先日あった出来事。

 美術の時間。人物画を描くはずが、何故か向日葵を描いた香宮さんのことだった。


「僕の第一印象が向日葵って……一体どういうことなんだろう」


 向日葵からイメージ出来るのは、明るくて元気な人。いや、でも、僕はそんなキャラじゃないしなぁ……。


「ダメだ、全然わからない」


 香宮さんの発言の意味がわからず、僕は溜息を吐いた。


「まさか、ああいう子だったとは……」


 第一印象は大人しい子かなと思ったが、実際は違った。いや、確かに大人しい子なのだけれども。

 先の出来事が、その衝撃が、それを見事に上回った。

 あと、それだけではなくて――。

 あの時は混乱していたけど、こうして改めて思い返してみるとじわじわと嬉しさが込み上げてくる。

 僕の絵を見て嬉しそうに笑うあの顔が、僕の絵を見て「好きだなぁ」と呟いたあの言葉が頭から離れないのだ。

 自慢ではないが「絵が上手いね」と言われたことは何度もある。でも、「君の絵が好きだ」と直接言われたことは、あったような、なかったような……まあ、あまり言われたことがないのは確かだ。

 こうしてネットで作品を投稿するようになってからは時々言われるが、直接そう言われたのは久しぶりな気がする。

 嬉しくて、何となくくすぐったい。あと、何故だか懐かしさも感じる。何とも言えない感情が僕の中でぐるぐると渦巻いている。


「何だかなぁ……」


 マウスから手を離して一人頭を抱える。何だろう、このやるせない気持ちは……。

 僕にとって香宮さんはクラスメイトの中の一人に過ぎない。逆もまた然りだろう。

 僕と香宮さんの関係なんてそんなものだ。

 あの出来事がなければ、香宮さんのことを意識することもなかっただろう。

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