天使みたいな少女
少女は善人であった。
皆が嫌がることを自ら率先して取り組み、皆から尊敬の眼差しを向けられ素晴らしいと称賛されても、彼女はそれを鼻にかける様子など微塵もなく、慎ましく賢かった。偽善などの匂いも少しも漂わせない少女であった。誰もが口を揃えて彼女を天使だと言った。
そんな少女には毎日欠かさない習慣があった。いつものようにスマホを手に取りSNSを開く。そして真っ先に通知に飛ぶと、なれた手付きで画面を下に滑らした。
『すごくいい曲でした! 感動した!』
『これ毎日聴いてる』
『天才』
少女の思った通り、コメント欄は称賛の声で溢れていた。この曲は彼女のお気に入りだ。優しい音色の中に力強い芯のある透き通った声。毎日聞いても飽き足りない素晴らしい曲だよなあと少女は思う。ふと、少女は滑らしていた手を止めて、ある一つのコメントを見つけた。食い入るようにそれを見つめる。
『ありえない。曲も味気ないし歌も下手。これは低評価押されても仕方ないね』
数多の称賛のコメントの中に紛れ込む、一つの異質。
『本人のコメント欄に書き込むお前がありえないわ。心のうちにとどめておくこともできないの?』
『そもそもこれが駄目ならお前は何がいいんだよ』
『それな』
非難の嵐。それはそうだ、このコメントはなんたって失礼きまわりない。人間として最低だ。もしどうしても批評ををしたいのならば、何がどうだめなのか理論的に説明せねばならない。コメント欄は感想を書き込むところではあるが人を傷つけるためのものではないのだ。非難されても仕方ない内容である。
『コメント欄は感想を書き込むところじゃん。感想書き込んで何が悪いの?』
コメントの返信に非難していた主がそう返すと、やはり少女の考えと同じように、『それはただの悪口。評価したいならちゃんと理由を説明するべき』という返信が来ていた。そうだね、うんうん。と少女は首肯する。コメント欄全体もそのコメントに同調していた。
『は? じゃあお前はこんな音楽作れんのかよ。』
『キッズがなんかほざいてるぜ』
『友達いなそう』
なんていう少々幼稚に思われるコメントにも皆共感していて、コメント欄の一人一人が所謂「アンチ」という敵に立ち向かうべく結託していた。少女もなにか返そうと文字を打つ。
なんて返そう。私はこういうのあんまり慣れてないからなあ。でも最初の頃と比べたら、ずいぶんと上手く返信できるようになった気がする。もともと自分はSNSには精通していない質だ、これでも自分にしてはできている方だと思うことにしよう。
「……これでよし。」
一生懸命考えた文章を見つめて、少女は満足気に微笑む。
『これもれっきとした感想。なんで低評価つけられてるのか教えてあげてるだけだから笑』
送信。っと。
人間は悪を正義で打ち倒すと多大な喜びをかんじるものだ。それが皆と協力して倒したものならば、なおさら。SNSは悪を正義で切りつける傾向にあった。そして同じ考えを持つ者同士が、顔も知らないのにまるで友人のように肯定しあい協力し悪を倒す。その瞬間人々は自己肯定感が高まり多幸感に包まれるのだ。そしてやはり正義は勝つのだと錯覚する。それはただのまやかしで、ただ群れて人数で圧しただけだというのに。アリも集えば自分の倍に大きい蝶も運べるものだ。それに彼らは気づけていない。かわいそうだな、と少女は思う。
――でも、まあ。
『頭悪そう』
『それなwww低学歴が見え見え』
『みんなやめてあげなってーかわいそー』
みんな楽しそうにしてるし、いっか!
リアルで充実できていたら、こんなコメントなんか指で弾くみたいに軽く受け流して、客観的な態度で見れるものだもの。だから、この人たちはきっと……。
少女は目を閉じて、決意したかのように頷く。そんなみんなの自己肯定感をあげてあげてあげるのが、私の仕事だから。
「ふぅ、今日もいいことしたな!」
少女は無垢に笑って、そっとスマホを閉じた。