第9章 怖い話
花火大会を終え日々仕事をして気付けば8月の末、夏がもうすぐ終わる頃のお話である。
「りんりんりん」
「バンバンバン」
もう朝を完全に克服したかのように軽快に目覚まし時計を止める。
「フフフ」
自信に満ち、朝に勝ったかのように気持ち悪い笑い声と共に平岡勉は今日も起きるのであった。すると突然の寒気が襲ってきた。
「ブルル。寒ッ。早く支度をして仕事に行くか」
そして、支度を終えて会社に向かう。会社に向かい歩いていると何か視線を感じる。
「ん?」
振り向いても誰もいない……気のせいかと思いそのまま歩き続け続けて会社に到着した。
「おはようございます」
「おはようございます。平岡さん、どうかな?体調の方は?」
「はい、朝少しだけ寒気がしましたよ」
「ん?熱を測ってみてください」
「分かりました」
そして体温計を出されたので測る事になった。
「ピピピ。36.2度です。平熱ですね」
「分かりました。平岡さん、体調が悪くなったら無理しないで休んでくださいね」
「分かりました」
そして、甲府駅に向かいながらタクシーを走らせていると、今度はいきなり鳥肌が……
「なにかおかしい………まあいっか。気のせい気のせい」
自分に言い聞かせるようにタクシーを走らせて甲府駅に着くとタクシーがいつも以上に大渋滞していた。
「……今日は暇な日になりそうだ。何時にお客様を乗せれるんだ?」
お客様が来ないとタクシーは前に進まない。と言う事は、お客様が来ないから大渋滞になるのだった。この大渋滞の中、長い待機をする。
「とりあえず、まだ乗せれそうにないから一服でもするか」
灰皿の場所に行き一服をしていると、ここの責任者の石井さんが寄ってきた。
「おう。まだタクシーをやってるだか。これを見てみろ、全然動いてないだろ」
石井さんが大渋滞している方を指差して言ってきた。
「ですね……今日は一段と暇な感じですか?」
「はあー。お前なー、お客さんを何時乗せれるか分からない仕事より、ちゃんとした給料を貰える仕事の方がいいだろ」
「でもこの仕事楽しんでやってますよ。まだまだ頑張ります」
「はあー」
呆れた顔で、深い深いため息を2回して石井さんは自分のタクシーに戻っていった。すると今度は青山さんが入れ変わりで煙草を吸いに来た。
「青山さん、おはようございます。今日はどうですか?」
「まだお客さんを乗せてない……もうすぐ待機をして2時間になるよ。後少しで出番だけど」
「2時間ですか?」
2時間と聞いて驚いた……
「平岡も多分2時間後になるんじゃないかな」
「……しょうがないですね。」
そして二人で煙草を消してお互いのタクシーに戻って中で待機を始めた。この待機時間は本当にやることがないのだ。
「他の運転手さん達は何をして時間を潰してるんだ?」
疑問に思いタクシーの中から辺りを見回す。右に止まっている運転手さんは新聞を読んでいた。そして、バックミラーから後ろの運転手さんを見たらウトウトしていた。
「ご苦労様です」
さらに、左の運転手さんを見たら……鼻くそをほじっていた……そして、目が合ってしまった。すぐさま目を反らし気まずくなったのでシートを倒し目を瞑った。……暫く目を瞑っていると心臓を捕まれた感じで、血の気が引いた。そう、久しぶりの金縛りにあったのだ……でも、すぐに身体が動くようになったので起き上がる。
「今日は朝からおかしいぞ。なんかいるのか?」
車内を見渡してもよく分からない……気にしててもしょうがないので気晴らしに携帯でゲームを始めた。それからは、普通にお客さんを乗せて、また待機をしての繰り返しで特に身体も変化がなかったので朝の出来事をすっかり忘れていた。そして、夜になっても相変わらず待機時間が異常に長かったのだ。長く長く、待ちくたびれて煙草を吸いに行く。
「フー」
すると、また青山さんも待ちくたびれた様子でタクシーを降りてきて一緒に一服をする。
「平岡、今日は暇だな。次乗せれるの何時になるか分からんぞ」
「そうですね。もう少し忙しければいいんですけど……今日はダメですね。暇なんで次に乗せるお客様を最後にして今日は帰りますよ」
そして、煙草を吸い終わりタクシーに戻る。
………3時間後……やっと出番が回ってきた。先頭でお客様を待っていると2人のカップルが来たのでドアを開ける。
「よろしくお願いします。どちらまで行きますか?」
「韮崎の駅までお願いします」
「分かりました」
そして、目的地まで車を走らせていると突然お客様が聞いてきた。
「運転手さん、もうすぐ夏も終わっちゃいますけど…何か怖い話ありますか?」
「夏と言えば怖い話ですよね。ありますよ。でもお客様、少し長くなってしまいますけど……いいですか?」
「……大丈夫です。あの話以外で」
ボソッと小声で言ってきたので、あの話以外で、がうまく聞き取れなかったのだ。
「ん?分かりました。では、自分が体験したお話でもしますよ」
そして、自分は低い声で話始めた。
「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが」
「それ、桃太郎」
「ダハハ、それでは、冗談はさておき。お客様は御坂の旧道をご存知ですか?その先にあるトンネルの話」
「………いや、知らないです」
「そのトンネルはヤバイんですよ。出るんです」
「………本当ですか?」
「本当です。では、そろそろ本番いきますね」
そう言ってまた低い声で語り始めた……
「この話はまだタクシー運転手になる前の話なんですけど……当時19歳で、まだ、幽霊を信じていなかったんですよ。だからたまに心霊スポットに行ってはふざけていたんですよね。そして、先輩と2人で今度は御坂のトンネルに行こうぜって話になってそこに向かったんですよ。で、クネクネ坂を登りきりった所に、そのトンネルがあってまたそこで同じようにふざけたんですよ。トンネル内で騒いだり、出てこいやって言ったり携帯で写メを撮りまくったり……でも何も起きなかったんですよね。まだ……で、3日後から身体に異変が起き始めたんですよね。心臓が締め付けられ血の気が一気に引いて身体が全く動かないんですよ。そう、金縛りです。人生で始めて金縛りにあったんですけど、そこから毎日のように金縛りにあったんですよ。そして日曜日、家で昼寝をしてたんですよ。そしたら部屋の扉が開いた音が聞こえたんで目を覚まして見たら扉が閉まっていたんですよ。気のせいかと思い、また寝ようと2度寝をしようとした瞬間にこれまで以上の、もの凄い金縛りにあったんですよ。でも、もう金縛りには慣れていたので頭の中は冷静になっていたんですよね。だから色々試したんですよ。足は上がるかなって思い、足を上げると……上がらない。腕は上がるかなって思い、腕を上げると…上がらない。じゃあ声は出せるかな……「あ……」声が少しだけ出た瞬間、男の人がブワっと、もの凄い勢いで覆い被さってきて「撮…っ…て…ん…じ…ゃ…ね…ー…よ…」そして、左耳から、「キ、ャ、ハ、ハ」女性のかん高い笑い声が聞こえてきたんですよ。もう怖くて目が開けられないのでずっと目を閉じていたら金縛りが解けたので携帯を握りしめて、急いで家から逃げるように外に出たんですよ」
「………」
お客様達が無言で聞いてくれているので続きを喋ることにした。
「でも、まだ続きがあるんですよ……手に持った携帯で先輩に電話したら……俺もなんだが…って言ったんですよ。同じ日に同じような事が起こったんですよね。で、何か写ってるのかも知れないと思ってトンネル内で撮った写メを見たんですけど……特に何も写ってなかったんですよね。でも、きっと何かしら写ってたんでしょうね。だって、その後携帯の画面が真っ黒のまま使えなくなってしまったんで……これは、実際にあった体験なので、それから幽霊を信じる事になったんですよ。だからお客様達も心霊スポットに行ったらふざけない方がいいですよ。持ってきちゃうんで……」
「………」
語り終わり、お客様がまだ無言になっているので、自分もまた無言でタクシーを走らせる。そして、目的地に到着してお会計をする。
「5590円になります」
「……これで」
5600円を出してきたので10円をお返ししてドアを開ける。
「ありがとうございました」
「………しゃ…べっ…て…ん…じゃ…ね…ー…よ…」
その瞬間全身に鳥肌が走り、金縛りになる。そして、お客様の方を見ると……姿がなかったのだ。
「まじかよ…」
怖くなり急いでタクシーを走らせ会社に戻る。動揺しながら会社に着き、震える手で日報を書いて、お金を入金袋に入れようとしたら更なる追い討ちが………
「え?…お金が足りない」
何度も計算しても入金する金額が足りない。その額約5590円……そう、最後のお客様の乗った金額が足りないのだ……
「……確かに貰ったよな……」
でもどこを探してもないので仕方なく自分の財布から足りない金額を補充する事にした。
「はーパチンコするお金が……」
深いため息をして入金を終えて会社を後にする。
「りんりんりーん」
こうして、夏の終わりを告げるコオロギの鳴き声が虚しく響き渡る帰り道を、肩を落としながら歩いて帰るのであった。……翌朝……それでも全然納得していない自分は社長に頼んでドライブレコーダーを確認した。するとそこには誰も乗っていないのに一人で喋っている自分の姿が映っていたのであった……
「ミ…タ…ナ…」