第8章 サボり
「ミーン、ミーン」
乗務停止が終わり日々仕事を続けて、蝉の鳴き声が聞こえる季節になっていた。夏である。甲府の夏は全国でも指折りの暑さ。3日間、40度を越えることもあるぐらい本当に暑い。その炎天下の中、会社に行くために歩いていたのであった。
「まだ朝なのに、今日は1段と暑いな」
普通に歩いているのにも関わらず汗がにじむ。
「おはようございます」
「おー。平岡さん、おはよう。今日も暑いけど1日頑張って下さい」
元気よく社長との挨拶をし、自分が乗るタクシーに向かう。
「相棒、今日もよろしくね」
タクシーにそう語りかけエンジンを掛け冷房を全開にして甲府駅に向かい走らせていると1本の電話がなった。そして、直ぐ様、目の前のコンビニにウィンカーを着けて停車して電話に出る。
「もしもし」
「あー、もしもし平岡?芳賀だけど今日は仕事?」
「おー。今日は仕事で今、駅に向かってる所だけど……どうした?タクシー使う?」
「いや、今からパチンコに行こうと思っててさ。それで誘ってみたんだけど、……仕事ならしょうがないな」
「………行くね」
「はぁー?仕事だろ?」
「いや、誘われたら行くでしょうよ」
「嫌、それは知らんけど……分かった。パチンコ屋で先に打ちながら待ってるわ」
「はいよー」
電話を切り、平岡勉は全力で考え始めた。どのようにすればGPSに引っ掛からずにサボれるかと。………すると脳に天啓が舞い降り、閃いた。さっそくコンビニで買い物をする事に。買った物はアルミホイールとセロハンテープ。そして、GPSを受信しているアンテナにアルミホイールをグルグル巻き始める。
「こいつ、何してるんだ?」
そんなコンビニの利用客の視線を肌で感じながらお構い無しに、グルグルと巻き、セロハンテープで止めた。
「良し、完璧だ」
短い作業でも厚いので額に汗をかく。その汗を腕で拭いタクシーに乗り込んで芳賀がいるパチンコ屋に向かう。到着するとここで更なる問題が……車の止める場所である。普通に駐車をするとタクシーなのですぐにバレてしまう為、隠しやすく、目立たない場所を探す。そして、絶好の場所を見つけた。立体駐車場の屋上の一番奥だ。
「完璧だ」
2度目の完璧を口にしてそこに止めエンジンを切り、パチンコ屋に入っていく。
「ジャンジャンバリバリ」
店内を周り芳賀を探す。すると後ろにもう既に箱を積んでいる芳賀の姿があったので肩を叩く。
「よっ、調子いいじゃん」
「おー。1000円で当たった。と言うか平岡仕事中だけど本当に大丈夫?」
「大丈夫。完璧にタクシーを隠したから。そんな事より1箱くれ」
「やらねーよ。大事な収入源なんだから」
「ダハハ」
そして、笑いながら芳賀の隣に座って打つ事にした。………30分後……順調に当たり続けている芳賀の隣で全く当たらず現金を注ぎ込む自分……すると、次の現金を入れようとした時携帯が鳴った。携帯の画面を見ると、主任清島と出ていた。パチンコ屋の店内で電話に出る訳にもいかないので急いで外に出る。
「もしもし、どうしました?」
すっとぼけた様子で聞く。
「もしもし、平岡?今パチンコ屋にいるでしょ?」
完全にバレていたのだ……
「どうして分かったんですか?」
「GPSが付いてるでしょ。分かるに決まってるでしょ。今社長がもの凄い剣幕でそっちに向かったよ。」
「まぢか……分かりました。とりあえず逃げます」
電話を急いで切りもの凄い勢いでタクシーに戻りもの凄い勢いでパチンコ屋を出る」
そして、少し離れたコンビニにタクシーを止め心を落ち着かせる為に煙草を一服吸う事にした。
「フー、駄目だな。もっとアルミで厚く巻かなくては」
煙草を吸い終わり、アルミホイールをトランクから出し、またグルグルと巻き始めた。
「今度こそ完璧だ」
GPSのアンテナをアルミホイールでグルグル厚く巻いたため見た目が変に尖っていた。そして、巻き終わってタクシーに乗り込み主任に電話を掛ける。
「もしもし」
「あーもしもし、平岡?大丈夫?」
「大丈夫でした。教えてくれたお陰で助かりました。ありがとうございます」
「それは、良かったけど、程々にな」
「分かりました。それで頼みがあるんですけど…」
「ん?何?」
「社長が戻ってきたらまた連絡してもらってもいいですか?」
「………平岡……分かったよ」
呆れた声で言われているのが分かった。が、しかし、めげずにサボることを決めた。……20分後……主任から電話が掛かってきたので電話に出る。
「もしもし、社長戻ってきたよ」
「分かりました。ありがとうございます。それでなんですけど……また社長がこっちに向かったら連絡してほしいんですけど…」
「……分かったよ」
電話を切りそれからは、いたちごっこ。社長が来たら逃げ、社長が来たら逃げ、芳賀が出しては、自分は現金を注ぎ込む事をひたすらに繰り返した。………刻は夕方……財布の中見がまた空っぽになっていたのであった。
「芳賀、金無くなったから仕事に戻るわ」
「お、おう。分かった。頑張れよ」
肩を落としながらタクシーに向かうと屋根が大変な事になっているのに気が付いた。GPSのアンテナにアルミホイールを全部使って巻いたので、もう尖ってなく、大きな半球体、ドーム形になっていたのである。
「パカッ」
その半球体を両手で掴みトランクに閉まって甲府駅に戻って仕事をする事にした。
「あーやる気が起きない」
1度サボりスイッチを押すともう今日1日やる気が起きないのである。そんな事を思いながらお客様が来るのを待って待機していると、浴衣を来た女性二人組がタクシーに乗り込んできた。
「よろしくお願いします。どちらまで行きますか?」
「市川大門までお願いします」
「分かりました」
市川大門まで甲府駅から約30分、そこそこの長距離なので少しだけやる気が戻ってきた。
「お客様、浴衣姿ですけど、お祭りか何かあるんですか?」
「そうなんですよ。今日は神明の花火大会があるので観に行くんですよ」
「おー。いいですね。花火大会。でも道が結構混んでるのかもしれませんよ」
「それは、しょうがないですよ。始まる前に着けば大丈夫なんで安全運転でお願いします」
「勿論ですよ。分かりました」
そう、市川大門の神明の花火は山梨でも有名な花火大会で県内は勿論、県外からも見に来る人がいる程の大きな花火大会。なので道が凄く混むのであった。……40分後……
「運転手さん、この辺りで止めやすい場所に止めてください」
「分かりました」
混んでいる中やっとの思いで目的地に到着してハザードを付けタクシーを止めお会計をする。
「では、お客様、5130円になります」
「分かりました。帰り混んでるので気を付けて下さい」
「ありがとうございます。お客様達も花火大会楽しんでください」
……お気付きだろうか…お客様達、も、と言ったことに……そう、平岡勉は花火大会と聞いた瞬間やる気が無くなっていたのだ。早速パチンコを打っているであろう、芳賀に電話を掛けてみる事にした。
「もしもし、芳賀?今まだパチンコ屋にいるの?」
「おー。もう終わろうと思ってたけど、どうした?」
「皆で花火でも観に行かない?」
「ん?別にいいけど……お前仕事でしょ?」
「もうお前からパチンコ誘われてからやる気無いわ。とりあえず、迎えに行くわ。後池野と吉澤にも連絡しといてくれ。全員迎えに行くからって」
「はいよー」
そして電話を切り芳賀を迎えにパチンコ屋に向かう。すると、もう芳賀がパチンコ屋の前に立って待っていたのだ。
「お待たせ」
後ろのドアを開け、芳賀をタクシーに乗せたら驚いた表情で言ってきた。
「えっ?お前……タクシーで行くの?」
「勿論。贅沢だろ」
「………」
芳賀が呆れて言葉を失った。
「皆どうだった?行けるって?」
「……大丈夫だって」
「ヨッシャ、行くぜ」
気合いを入れて残りの二人を迎えに行くと、やはり同じような反応、呆れて、言葉を失っている。なので安心をさせるため、魔法の言葉を放つ。
「あー、お金は取らないから大丈夫だよ」
「………平岡、そこじゃない……」
そして、混んでいる中花火が良く見える場所に着きタクシーを止める。
「ヒュー、バババーン」
「たまやーー!」
窓ガラスを全開に開け、美しい花火を見ながら皆で騒ぐ。すると池野が心配そうな声で言ってきた。
「平岡、タクシーで花火を見に来て大丈夫なの?」
「ダハハ、花火と言うか朝から芳賀とパチンコ打ってたじゃん。サボることも仕事の内」
「……」
こいつは何を言っているんだと困惑する仲間達。
「ヒューバババーン」
そして、最後の花火が鳴り響くと同時に皆で切ない気持ちになっていた。ただ一人を除いて…
「はあー、夏もこれで終わりか」
「だなー」
吉澤と芳賀が切なそうな声でボソッと言っている。
「いやいや、今度はタクシーで海に行こうぜ」
「………」
自分がまだ終わらせまいと提案すると全員無言になってしまった。
「帰るか…」
皆から無視をされて、自分も切ない気持ちになりながら各家に送る。
「ありがとう。今日は楽しかったよ」
「おう、またなー」
こうして、平岡勉の仕事をサボった1日が終わったのである。
………翌朝………
「おはようございます」
会社に着き元気よく社長に挨拶をすると、また眉間にシワを寄せていた。
「おはよう。平岡さん昨日何してたの?」
「昨日は………サボってました」
そう、平岡勉は嘘をつけない性格だったのだ。
「はあー」
社長の呆れた顔と大きなため息。でも、何故か怒ってはいないと分かる表情をしていた。
「平岡さん、タクシーを私用では使っては行けません。次は無いですからね」
「いや、社長、次もあります。海に行く約束しました」
火に油である。また社長の顔がどんどん茹でタコのように真っ赤になっていった。それを見た自分はもの凄い勢いで………逃げた。
「仕事行ってきます」
「平岡待てー」
「待ちません、海にも行きません」
「当たり前だー」
そして、急いでタクシーに乗り込み甲府駅に向かいタクシーを走らすのであった。
「皆があそこで黙った理由がなんとなく分かった気がするな」
そう呟きながら、今日から頑張ろう、と気持ちを切り替えたのであった。