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Hy タクシー  作者: 平一
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第6章 洗礼を受ける

「今日、今から1週間、乗務停止だ。頭を冷やして、反省しろ」

この第6章は、社長の怒りと共に始まるのであった……事の発端は、6月、甲府では丁度、梅雨入りをした日の話である。

「ザーザーザー」

雨が降る中、傘を差し会社に向かう。

「おはようございます」

会社に着き、点呼、アルコール検査を無事に終え、自分が乗務するタクシーに向かうと後ろから社長の声が聞こえた。

「平岡さん、今日から梅雨入りで雨の日が多くなるので、運転気を付けてください」

何時ものように、優しい表情で心配をしてくれた。

「分かりました。いつも以上に安全運転で頑張ります」

そう言ってタクシーに乗り甲府駅に向かい走り始めた。ワイパーを動かし運転していると目の前で手を上げながら立っている若い女性が見えたのでゆっくりとタクシーを前に付け、ドアを開ける。

「よろしくお願いします。どちらまで行かれますか?」

「甲府駅までお願いします」

傘をたたみ、雨に濡れないよう急いでお客様が乗車してきた。

「分かりました」

ドアをゆっくりと閉めて甲府駅まで走らせる。

「お客様、今日はどこかにお出掛けですか?」

「そうなんですよ。今日は東京で好きなアーティストのライブがあるから観に行くんですよ」

「そうなんですね。それは楽しみですね。因みに野外ですか?」

「違います。屋内ですよ。雨が降ってるからよかったですよ」

そして、甲府駅に着きお会計を済ませる。

「740円になります」

「雨が降ってたので助かりました。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。ライブ楽しんで来て下さい」

お客様が笑顔になりタクシーを降りて駅の方に歩いて行き、自分もそのまま甲府駅で待機する事にした。雨の日の運転は本当に目が疲れる。

「早く雨が止まないかな」

と思い続けて仕事を続ける。そして、雨が止んだ頃には日が沈み夜になっていた……午後23時50分日付が変わる少し前、タクシーの運転手には避けては通れない洗礼を受けることになる……目の前からフラフラになって歩いて来る中年男性。そう、酔っ払いである。ドアを開けお客様がフラフラな状態でタクシーに乗り込んだ。

「よろしくお願いします。どちらまで行かれますか?」

「俺の家までよろしく~」

陽気に俺の家までって言われても勿論、初対面なので知らない…

「お客様の家を知らないんですけど…何処に向かえばいいんですか?」

「なんだ、俺の家知らねーのか?お得意様だぞ。使えねーな。無線で聞け無線で」

「分かりました。お客様のお名前教えて下さい」

「嫌だ、何で教えなくちゃいけないんだ」

「ん?お客様の名前も知らなければ、家も住所も分からないので目的地に向かいようがありません。なので、降りて頂くしかないんですけど…」

「なんだお前、乗車拒否すんのか。それに、ん?ってなんだ。なめてんのか」

「いや、なめてないです。とりあえず名前を教えて下さいよ」

「荒井」

不機嫌そうな声でボソッと言ってきたので配車室に無線を入れる。

「配車室、応答願います」

「はい、どうぞ」

「よくご利用になる荒井様の家をナビに出して欲しいです」

「……荒井様の家?よく分からないんですけど…住所分かりますか」

山梨県に荒井と言う名字は沢山あるので勿論それだけでは分からない……当然である。

「荒井と言う名前がいったい何軒あると思ってるんだ」

そう心に思いを留めて住所を聞くことにした。

「荒井様、住所を教えて下さい」

「チッ。昭和だ。めんどくせーな」

何故か舌打ちをされた。嫌ならもう降りてくれ…声に出して言いたいが、グッと我慢をしながら配車室に住所を伝える。

「住所は昭和町です。分かりますか?」

「……昭和町の荒井様は登録されていないので、初めてのご利用になると思うんですけど……ちょっと調べて分かり次第ナビ入れます。なので、昭和町方面に向かって下さい」

「了解です」

やっとの思いでタクシーを走らせることが出来た。数分後……突然無線が鳴り始めた。

「平岡さん、応答願います」

「はい、どうぞ」

「お客様に確認してほしいんですけど、昭和のイオンモールの近くですか?」

「確認します」

「お客様、家はイオンモールの近くですか?」

「チッ。あー」

また、不機嫌そうに2度目の舌打ちをされ、配車室に無線を入れる。

「そのようです」

「了解です。ナビに出しますね」

「お願いします」

するとすぐに、ナビに目的地が表示され、そのナビ通りにタクシーを走らせる。

「ドカン、ドカン」

「お前何を遠回りしてんだ。あー」

いきなり、お客様が後部座席から、助手席を2回蹴り飛ばしながら怒鳴り声を上げた。

「お客様、ナビ通りに走らせているだけなので遠回りはしてないです」

「ドカン」

「さっきの所曲がった方が速いだろ」

「ドカン」

怒鳴り声を上げ更に、2回助手席を蹴り飛ばした……さすがにキレた。

「おい、何回蹴り飛ばしてるんだ?止めろよ」

「おい、ってなんだ、おいって。こっちは客だぞ。やんのか」

「ドカン」

「やんねーよ。大人しく乗ってろ」

「さっきから何だその口の聞き方は」

「……」

「無視してんじゃねーぞ。こんな不愉快な気持ちで金払いたくねーな」

「分かりました。お金は要らないので黙って乗ってて下さい」

「酔っ払いに怒ってもしょうがないな」

と思い、怒りを抑えて目的地までタクシーを走らせる。

「ドカン」

「なめんじゃねーよ」

「……」

そしてまた、助手席を蹴られ、怒鳴り声を上げ続けられる。でも、それらを全て無視していると、今度は大人しくなったのだ。目の前の信号機が赤になり止まって後ろを振り向くと…寝ていたのであった。

「はー、やっと大人しくなった」

信号が青に変わり目的地まで走らせる。が、目的地に近づくにつれ、怒りがまたこみ上げてきた。そして、ナビに記された目的地、家が目の前に見え、その手前には、さっきまで降っていた雨が貯まっている田んぼ……

「お客様、もうすぐ着くから起きてください」

「ん?ここはどこだ?」

「目の前に見えるのが目的地です」

「じゃあ、ここでいいわ」

「分かりました」

そう言われ、思いっきり、田んぼに寄せて止める。

「金は払わねーからな」

「分かりました。早く降りて」

ドアを開けると、お客様がタクシーから勢いよく降りた………いや、落ちた。

「バッシャーン」

落ちた音を聞き、急いでドアを閉めてアクセルを踏み走り出した。そして、バックミラーを見ると酔っ払いが田んぼから這い上がって、地団駄を踏みながら此方を指差しているのが見えた。

「ふー、スッキリした。酔いと、頭を冷ませよ」

初の酔っ払い、これから先も同じ様なことがあるんだろうな、と思いながら星空の下、タクシーを走らせ今日の乗務を終えて会社に帰るのであった。……翌朝……

「おはようございます」

会社の扉を開け元気よく挨拶をして、いつものように、甲府駅に向かい待機をしていると突然無線が鳴り始めた。

「1469、平岡さん応答願います」

「はい、1469、どうしました?」

「平岡さん、会社に戻ってこれますか?」

「今、甲府駅で待機してるので1回お客様を乗せてからでもいいですか?」

「分かりました。じゃあお客様を降ろしたらそのまま会社の方に戻ってきて下さい」

「了解です」

そう言われ、1度仕事をしてから会社に戻ることになった。……2時間後……お客様を降ろして会社に到着。そして、会社の扉を開けるとそこには、下を向き項垂れながら椅子に座っている社長の姿があった。

「お疲れ様。平岡さん昨日、夜に乗せた人からクレームがあったけど何かあったの?」

「お疲れ様です。はい、実は……」

昨日の夜の出来事を事細かく説明をしていると、社長の顔にどんどん眉間にシワが寄っていくのが分かった。

「で、最後はお金を貰わなくて、田んぼに落ちたんです」

「ばかもん。田んぼに落ちたんです。じゃないだろ。もし怪我でもしたらどうするんだ」

あの優しい社長が豹変し怒号を上げる。

「すいません。でも社長、助手席を蹴られて、暴言を吐かれて、終いにはお金を払わないって言われたんですよ。お金を払わないんだったらお客様じゃないし、そんな人をお客様だとも思いたくないです」

「違う。この仕事は、どんな酔っ払いでも、どんな理不尽な人でも無事に目的地に届ける仕事だろうが。お金を払わない、お金を貰わないからお客様じゃない。違う。乗った瞬間からお客様だろ。で、間違った考えで田んぼに落としたんだろ、ふざけるな」

社長からの怒号を浴びまくる。しかしここで疑問が生まれた。ここ何年を怒られていなかったので……これは怒られてるのか……と言う疑問。聞いてみることにした。

「社長、怒ってます?」

火に油である。社長の顔が茹でタコのように、みるみる真っ赤になった。そして、茹でタコが見事に完成したのであった。

「社長、落ち着いてください。頭の血管切れちゃいますよ」

心配になり、落ち着かせようと思い放った言葉が更に逆鱗に触れた。

「誰のせいだと思ってるんだ。お前は今日、今から1週間常務停止だ。頭を冷やして、反省しろ」

「……分かりました」

社長の怒号から始まった第6章。その怒号の中にも教えが有り、納得したので次から気を付けようと、考えを改め会社を後にする。

「1週間どうするか……とりあえず、パチンコ行くか」

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