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Hy タクシー  作者: 平一
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第5章 事件

研修が終わり、1人で乗り初めて1ヶ月が過ぎ徐々にではあるが、少しずつ慣れ始めていた。……とある朝……

「リンリンリン」

「バン、バン、バン」

「会社に行かなくては…」

平岡勉は、朝を克服したのである。それは、何故かと言うと、初任給で爆音の目覚まし時計を3個買ったからである。が、しかし相変わらず財布の中身は空っぽ……余ったお金は、ギャンブルで溶けていた。

「はー」

深い溜め息を吐き、重い足取りで会社に向かう。会社に着くと扉の前に社長が立っていた。

「社長、おはようございます」

「おー、おはよう。平岡さん、ちょっと着いてきて」

社長の後を着いて行き、そして、1台のタクシーの前に着いた。

「このタクシーを、平岡さんの担当にしたから、今日からこれに乗って」

「……え?」

本当に驚いた。普通、担当車を貰えるのは、ある程度慣れて来た運転手で早くて3か月後、遅い時は半年後になるからである。

「もしかして、期待されてるのか?」

と思い、胸を躍らせ聞いてみる。

「何故ですか?まだ1ヶ月ですよ?」

「丁度、このタクシーが空いてたからさ、それじゃ頼むね」

「分かりました……」

只の埋め合わせだったのだ。勘違いをし、少し切ない気持ちになりながらタクシーに乗り込んだ。

「相棒、これからよろしくね」

タクシーの車番号、1469、担当車と言う名の相棒を手に入れ、切ない気持ちを切り替え、甲府駅に向かってタクシーを走らせたのであった。

そして、甲府駅前に到着し、タクシー待機所に車を停め待機をする。…この甲府駅前には西側に大きな武田信玄公の像が設置されている。

「信玄様、今日も、無事故、で1日が終わりますように」

タクシーの中で普段なら絶対にやらないお祈りをしていると窓をノックする音が聞こえた。

「コンコン」

振り向くと、青山さんが笑顔で立っていたのである。ドアを開けて自分も外に出て挨拶をする。

「青山さん、おはようございます」

「おはよう。一服しようぜ」

「分かりました」

灰皿の方に向かい、お互い煙草に火を付けて吸い始めた。

「平岡どう?もう慣れた?」

「操作の方は慣れたんですけどね。まだ道が覚えられないですよ」

「道か~、それはもう走って覚えるしかないよ。まあ~その内覚えてくるでしょ。じゃあ頑張って」

煙草の火を消し、適当に答えた青山さんがタクシーに戻って行ったので、自分も戻ることにした。待機している時間は、基本的に地図と、にらめっこ。少しでも早く道を覚えたいのである。……1時間後……やっと出番が回ってきた。ドアを開け、目的地を聞く。

「よろしくお願いします。どちらまで行かれますか」

「ミナミアルプス市ノ、ユトリ保育園マデ、オネガイシマス」

片言の日本語、年齢は45歳位のアジア系のお客さん、手には手提げバックを持っていた。目的地が分からなかったので無線室に目的地を言ってナビに出してもらい、タクシーを走らせる。

「お客様、今日は保育園で用事があるんですか」

「娘ヲ迎エニイク、ワタシは日本語少シワカル、アー、娘連レテクル、待ッテテ、マタ駅戻ル」

「分かりました」

日本語があまり話せないお客様に対して話し掛けても困らせるだけなので、無言でタクシーを走らせる。ナビの指示だけが車内に聴こえる。25分後……目的地に到着した。

「では、お待ちしてますね」

ドアを開けお客様が手提げバックを車内に置き無言でタクシーを降りた。そして、メーターを確認したら4500円、往復なので約9000円。大きな仕事である。嬉しい気持ちになりながらシートベルトを外し、運転席側の窓を開け、肘を掛け、寛ぎながらお客さんを待つことにした。……10分後……

「待てーー」

窓の外から騒ぎ声が聞こえてきた。

「ん?」

保育園の方を振り向くと、そこには、女の子を抱えたお客様が凄い形相で走ってくる。その後を、保育園の先生が同じく、凄い形相で追い掛けている。そして、自分も凄い形相になる。開いた口が塞がらないのだ。誘拐である。ドアの前にお客様が来たのでとりあえず、ドアを開けることに…そして、お客様が慌てて乗り込んできて吠える。

「早ク、走レーー」

「いやいや、こんな状況で走れる訳ないでしょ」

冷静に、そして完璧なツッコミを入れる。するとお客様が手提げバックからナイフを取り出し、突き付けてまた吠えた。

「車ヲ、ダセーー」

「そんな物突き付けても、出せないものは出せないですよ」

内心ビクビクしながら冷静に対処をする。いざという時、逃げられるように、シートベルトが外れてるか確認する。確認を終えてお客様の方に視線を向けるとお客様に抱かれている5歳位の女の子と目が合った。ガッチリとお客様にしがみ付いて、騒ぐ事も、泣く事もしない。すると、お客様が子供の服を捲る。

「これを見て」

目を疑った……子供の服を捲って見えてきた物は痛々しい無数のアザ……母親に虐待をされていたのであった。そしてそのアザを見て自分も、辛い気持ちになり、本当に可哀想だと思った。……でも、1番辛いのは、子供であったり、父親、当事者だろう…

「お客様、辛いのは分かりますけど、その救い方は間違ってます。警察に相談するなり児童相談所で相談するなりしないと駄目です」

日本語で分かったくれるか疑問に思いながら説明してみたのだ。

「警察ダメ、児童……ン?」

分かってくれなかったがとりあえず、お客様が冷静になった。悪い事をしてるのが分かっていたのだ。

「とりあえず、ナイフ閉まって」

そう言うと、ナイフをバックに閉まった。ナイフを閉まった事を確認して保育園の先生達が開けたままのタクシーのドアの方に近付いてきた。

「ねえ、このアザ気付いてた?」

「いや、全く気づきませんでした」

「警察には電話した?」

「はい、もうしてあります」

先生方が心配な表情で会話をする。自分も子供の事が心配なので、先生に聞いてみる。

「このお客様、日本語があまり分からないので、先生達で何とか出来ませんか?児童相談所に連絡するとか」

「分かりました。まず、お母様とお話する必要がありますね。早速連絡を取りたいと思います」

そして、もう1人の先生の方を振り向く。

「ちょっと、この子のお母様に連絡をしてちょうだい。空いてる時間にこちらから向かいます。って伝えて」

「分かりました」

もう1人の先生にそう告げると駆け足で保育園の中に戻って行く。素早い対応に感心、感謝をしているとパトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。1台、2台、3台……パトカーから続々とお巡りさんが降りてきて、その中の二人が自分の隣に来た。

「運転手さん、今はどういう状況ですか?」

事情聴取をされ、事の本末を説明し始めると同時に、子供を抱いたお客様も手提げバックを持ち大人しくタクシーを降りた。そして、説明を終える頃には、悪い癖、面倒になってきたのだ。

「後は、先生とお巡りさんと、お客様とで話し合って下さい。自分は、まだ仕事中だからもう行ってもいいですか?」

すると、先生と話していたお巡りさんが走りながら、此方に向かってくる。

「ちょっと今、聞いたんだけど、運転手さん、刃物を突き付けられたて、脅されたの?」

これ以上の面倒は御免である。

「突き付けられ、脅された認識はないです。ただ、ナイフを手に持ってただけの認識です。怪我もしてないし、もう仕事に戻ってもいいですか?」

お巡りさん同士で顔を見合せ会話を始めた。

「運転手さんからもう話聞いたから大丈夫かな」

「はい、もう大丈夫ですね」

そして、自分の方を振り向く。

「仕事中すいませんでした。お話も聞けたので大丈夫です。ご協力ありがとうございました」

「いえいえ、では、行きますね」

そう言い残し、タクシーを走らせる。タクシーを走らせ5分後…大事な事に気付くのであった。

「やべっ。お金貰ってない」

すぐにタクシーをUターンさせ、保育園に戻る。すると、お客様がお巡りさんと一緒にパトカーに乗り込もうとしていたのである。パトカーの横にタクシーを停め慌てて叫ぶ。

「ちょっと待って」

お巡りさん、そして、お客様が驚いて此方を振り向く。

「どうしました?」

「バタバタしてて、お客様からタクシー料金貰うの忘れていました」

「いくらですか?」

「4500円です」

「分かりました」

するとお客様が財布からお金を出し、お巡りさんに預け、自分の所に持ってきた。

「はい、これでお願いします」

「ありがとうございました」

領収書を渡して保育園を後にする……

「やっと終わった」

緊張が和らぐと同時に喉が乾いてきた。

「ハッピードリンクショップに寄ろう」

タクシーを走らせると、目の前にハッピードリンクショップが見えてきたのでそこで停め、ブラック珈琲を一気に飲み干し、また、タクシーを走らせ甲府駅に戻る事にしたのである。……20分後……甲府駅に着くとタクシーが40台位待機をしていた。最後尾にタクシーを停めて灰皿の方に向かう。煙草に火を付けて吸っていると青山さんが車から降りて此方に向かってくる。

「今日は740円ばかりで売り上げが全然上がらないよ」

そうボヤキながら煙草に火を付けた。

「平和ですね」

ボソッと小さな声でボヤキ返す。

「ん?」

小さい声だったので青山さんには聞こえていなかったので、今度は普通に返答する事にした。

「740円はしょうがないですよ。近い距離のお客様もいるし、遠い距離のお客様だっているでしょ?青山さん、それは、平和な悩みですよ」

そんな感じの雑談を終え、煙草の火を消しお互いタクシーに戻って、長い、長い待機時間を過ごし、その後は比較的平和で、そして、無事に無事故で1日の仕事を終えたのだった。……深夜2時、クタクタになりながら、帰宅途中を歩いていると、朝、お祈りをした事を思い出した。

「信玄公様、確かに無事故を祈って叶ったけど……事件に巻き込まれたじゃないか」

翌朝、昨日の事件が新聞に小さく載っていたのは言うまでもない……そして、

「信玄公様には悪いけど、もうお祈りはしないぞ」

と心に誓った。


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