最終章 ハッピーニューイヤー
本格的に朝晩が冷え込み始める12月31日年の瀬。書き入れ時の慌ただしい忘年会シーズンを乗り越え、後は、タクシースローライフを満喫する。そんな話である。
「リンリンリン」
「バンバンバン」
「……寒っ」
寒い中、気合いで布団から出て出勤の支度を始める。
「はー」
息を吐くと部屋の中にいるにも関わらず白い煙が出る。そのぐらい朝は寒いのだった。…暖房を着ければいいじゃんっと思ったそこのあなた、平岡勉を侮ってはいけません。…なんと、パチンコに負けてお金がなくなり電気が止められていた……大晦日だと言うのにご飯もこのままでは食べれない、そんな状況下に置かれていたのだった。
「家にいても寒いから仕事行くか」
そう、タクシーは暖房を使い放題。なのでこの日は何時もより少しだけ早く出勤をする事にした。
「社長、おはようございます」
「おはようございます。平岡さん、今年、最後の出勤ですね。気を引き締めて頑張って下さい」
「はい、行ってきます」
お金は無くても元気だけはある平岡勉。今日も元気よく挨拶をしてタクシーに乗り込んだ。
「相棒、今年最後だから頑張ろうね」
タクシーに語りかけ早速暖房を全開でかける。
「寒っ」
冷たい風が身体に襲い掛かってきたのでエンジンが暖まるまで、弱い、に戻し甲府駅に向かってタクシーを走らせる。するとその途中電話がなった。走行中は電話に出れないので一端無視をする事にした。そして、甲府駅に着くと見慣れた光景が視界に入ってきた。大渋滞である。その中に待機をして灰皿の方に視線を向けると、すでに煙草を吸っている青山さんの姿が合った。幸運である。灰皿の方に向かい青山さんに挨拶をする。
「青山さん、おはようございます。煙草1本下さい」
「おー、おはよう。いいよ」
「ありがとうございます。それはそうと今日も暇そうですね」
お礼を言って早速煙草に火を付ける。
「そうだね。年末は基本的に暇だって聞いたよ。ただ、除夜の鐘がなる頃には武田神社に人が沢山来るから忙しくなるらしいよ」
「なるほど。じゃあそれまで、のんびり時間でも潰しますよ」
「あっ、そうそう。平岡漫画とか見る?今日暇って言われたから持ってきたんだけど…」
「見たいですね。何の漫画ですか?」
「時代劇漫画なんだけど…見るならトランクに入ってるから持ってくるけど…」
「時代劇は見たことないですね……でも、暇なんで読ませてもらいます」
「分かった。ちょっと待ってて」
そう言って青山さんがトランクから漫画を持ってきた……大量に……
「ちょっ……多すぎません?」
ビニール袋一杯に入っている漫画を渡されその多さに驚いた。
「15冊は入ってるから暇潰し出来るでしょ?読み終わったら返してね」
「ハハ……はい」
そして、煙草の火を消してタクシーの中に戻り早速漫画を読むことにしたのだった。
「ん?意外と面白いぞ」
暖かい車内、面白い漫画。もはや、ここに何しに来ているのか分からなくなってきた。そして今日、朝も普段より早かったのでだんだんと眠たくなってきた。
「寝るか」
それからは、起きて、漫画読んで、また寝ての繰り返しでお客様を乗せるペースは約三時間半に一回。それをずっと繰り返していたらあっという間に日が沈み夜になっていた。
「あっ」
朝、携帯が鳴っていたことを思い出したので着信を確認したら吉澤からの電話だった。
「もしもし、悪い。遅くなった。どうした?タクシー使いたかったのか?」
電話越しが妙に騒がしかった。
「違う。今仕事け?」
「そうだよ。どうした?」
「今田中の店でカウントダウンパーティーやってるんだけど…仕事じゃ無理だよな」
「………行くね」
「マジ?大丈夫なの?」
「腹が減りすぎて大丈夫じゃねえけど……田中に変われるか?」
「おー、ちょっと待って……田中、平岡から」
「もしもし、どうした?」
「田中忙しいところ悪いな。何か面白いことしてるじゃん」
「そうなんだよね。皆集まってるからお前も来れたら来うし」
「行けるんだけど……金が無い。付けで出来るか?」
「お前……しょうがねえな。分かったよ」
「ありがとう。今仕事中だから後で行くわ」
「はいよー」
田中の店は串揚げも提供している店なので、晩飯を確保出来た。
「良かった~。これでご飯がやっと食べれる」ひと安心をして今年最後のお客様を待ち続ける。そして、いよいよ出番が回ってきた。先頭で待っていると若いギャルがこちらに向かって歩いて来たのでドアを開ける。
「よろしくお願いします。どちらまで行きますか?」
「昭和町のbarと一緒になっている串揚げ屋さんまでお願いします」
「……分かりました」
本当に驚いた。驚いて一瞬言葉を失った。それもそのはず、お客様の目的地は田中の店だったのだ。
「お客様、カウントダウンパーティーですか?」
「……えっ……そうですけど、何故分かったんですか」
お客様も驚いて言葉を詰まらせたのだった。
「いや、実はその店、自分の友達がやっていて、誘われたんですよ。なので、お客様を降ろしたらそのまま店に行こうとしていたんですよね」
「そうだったんですか。実は私その店には行ったことが無いんですよ。友達に誘われて今日初めて行くんですよ」
「初めてですか。ならオススメの1品を教えますよ。海老の串揚げ。あれはヤバいです。外はサクサクで中の海老はプリプリで噛むとジュウシーなんですよ。是非食べてみてください」
「分かりました。でも運転手さん、偶然ってすごいですね。まさか同じ店に行く予定があるなんて…不思議ですね」
「そうですね。自分はタクシーなのでお酒は飲めませんけどお互い楽しみましょうね」
そして、目的地に到着し、しっかり料金を貰い二人で店の中に入っていく。するとカウンターには吉澤、池野、芳賀が座っていて席を1つだけ開けてくれていたのでそこに座る。そして、一緒に来たお客様は1番奥の席に座り友達と合流した。
「田中、タクシーだから水をちょうだい」
「えっ水でいいの?烏龍茶とかじゃなくて?」
「水が好きだから水が飲みたい」
「……ほい、水」
ジョッキに溢れんばかりの水を注ぎそれをかたてに持って乾杯をする。
「平岡も来た事だし乾杯でもしますか。では、今年1年お疲れ様でした。かんぱーい」
吉澤の音頭と共にジョッキをぶつけて乾杯をする。
「皆お疲れ~」
しかし、平岡勉は今水分ではなかったのだ。
「田中、飯くれ。腹へったぞ」
「分かった。ちょっと待ってて」
それを聞いた田中が急いで串を揚げ始めてくれた。
「はい、串の盛り合わせ」
「……米は?」
「そう言うと思って、ほら」
田中はどうやら人の心が読めるらしい……串の盛り合わせと米を物凄い勢いで食べる。
「田中、まだ米ある」
「あるよ」
「おかわり」
米で腹を膨らます作戦に出ておかわりをしまくる。おかわり、おかわり、おかわり、おかわり
そして、5回目の、おかわり、を言ったところで田中に怒られた。
「お前そろそろいい加減にしろ。他の人の分も食べる気か?」
「ごめん。じゃあ水くれ」
「水ならいくらでも飲んでくれ」
ジョッキの水を一気に飲み干して満足した。
「ご馳走様でした」
すると芳賀がこちらを見ていた。
「ん?どうした?」
「いや、凄い勢いで食べてたから話しかけずらかったわ」
「ダハハ、今日初めてのご飯だったからな」
「えっ、忙しかったの?」
「いや、パチンコに負けて金が無くなってな」
「……お前……」
芳賀が呆れた表情になっていた。すると今度は池野が話しかけてきた。
「俺らは平岡が来る前に今年1年振り返ったけど、平岡はどうだった?振り返ってみて」
「確かに、面白そうだな。振り返ってみるか……今年は本当に色々あって濃い1年だったな」
「お前、2種免取ったもんな」
「そうそう。2種免取るのも大変だったんだぞ。ほら、俺さ学生の時勉強してこなかったじゃん」
「そうだ。お前の勉強してるとこ見たこんねーぞ」
「でしょう?初めて机と向き合って勉強したわ。その結果、筆記試験一回落ちたからね。しかも間違えた問題が分ければいいんだけど、分からんからまた1から勉強したわ」
「アハハ、お前の性格でよくやったわ。いつもならめんどくさくて辞めてるでしょ」
「いやーそうなんだけどね。タクシーの運転手になりたかったからさ。頑張れたよね」
「なるほどね、他には何があった?」
「事件に巻き込まれたりもしたな」
「はー?事件?」
「そうそうお客様に刃物を突き付けられてな」
「怖っ、よく大丈夫だったじゃん」
「それがさ、お客様にも理由があったんだよね」
「どんな理由よ?」
「目的に着いたんだけどそこが保育園でさ。娘を助けに来たんだ。子供の服を捲ったら痣だらけでね……虐待を受けてたんだよ。で、父親か元父親かなのか詳しく分からないけど、お客様が助けるのに必死で助け方を間違えたんだろうね…」
「……いや、それでも怖いよ」
「他にも色々あったけどまだ話そうか?」
「……聞きたいわ」
「分かった。その前に喋りっぱなしだから水をくれ。田中」
「はいよー」
ジョッキに水が注がれて少しだけ口に水を含み口の中を潤す。
「後は、お客様を田んぼに落としたでしょ」
「あー、乗務停止になった話か」
「そうそう」
「アハハ、あれには笑ったわ」
「いや、笑ってるけど、本気で怒られたし、その後花火を見にに行ったじゃん。サボってたらさらに怒られたぞ」
「アハハ、海に行ってたらクビになってたかもな」
「そう、それも言ったぞ。今度海に行きますって言ったら社長が怒り狂った」
「アハハ、よく言ったな。他には?」
「後は、不思議な体験をしたぞ。怖い話をお客様にした話なんだけど…」
怖い話をしようとした瞬間に震える声で芳賀が制止した。
「俺怖い話本当に無理…」
「…分かった。じゃあそこは不思議な体験をしたって事で振り返る事にしよう」
「ありがと」
芳賀が安堵した様子でグラスの酒を一口飲む。
「後はそうだな~。今思えばタクシー運転手って凄いって改めて実感した話だな」
「それはどんな?」
「タクシーの運転手とお客様といる時間てそんなに長くないじゃん?」
「確かに、乗ってる時間だけだよね」
「そうそう、でも、その少ない時間でもお客様の人生の一部になれる事もあるんだなって思ったよ。お年寄りの夫婦がお客様で乗った来た時の話なんだけどね……うん、そう思った」
「色々あるんだな……」
「色々あるし、色々なお客様がいるよ。今月なんだけど、よく分からないお客様を乗せたんだけどさ…」
「どんな客よ?」
「自分の中では包丁を突き付けられた時以上に危険と思って気を使ったお客様なんだけど…何かね、後を付けられてるとか、監視されてるだとか、警察もグルだとか、しかも普通タクシーの中で泊まるか?泊まらないでしょ。お金支払う時カードでって最初に言って、いざ支払うって言う時にカードを出してきたんだけど、どうなってたと思う?」
「……いや、想像つかない。どうなってた?」
「カードが真っ二つに折れてボロボロに切り刻まれてたんだよ。しかもカードのチップに発信器が埋め込まれてて監視されてるとか言うし……意味が分からない。意味不明な人が1番危険だよ。だから本当に色々な事があったし色々なお客様に出会えた1年だったな」
「濃い1年だな」
「ダハハ、でしょ?これでまだ1年目だからね。来年どうなっちまうんだよって思うよ」
1年を一通り振り返り終わると田中がグラスを片手に持って言ってきた。
「そろそろカウントダウン始まるぜ」
「お、田中、始まる前に水をくれ」
中途半端に残ってるグラスの中の水を一気に飲み干しておかわりを貰う。そしてカウントダウンが始まり店にいる人全員でカウントを開始する。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
「ハッピーニューイヤーーーー」
「明けましておめでとう。今年もよろしくーかんぱーい」
………翌朝………
普段と変わらず出勤をして甲府駅に向かう途中、目の前でお客さんが手を上げているのに気が付いた。
「Hy、タクシー」
平岡勉とお客様の物語はまだまだ続くのであった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
いかがでしたか?楽しんでくれましたか?
それでは、次回作でお会いしましょう!!