第11章 中学生カップル
紅葉が終わり山々の色が茶色く染まり初め、秋の終わりを告げる頃、平岡勉は珍しく目覚ましがなる前に起床していた。
「んー。っと。まだ時間があるな」
布団から出て背伸びをし、カーテンを開け窓を開ける。
「スーー。やっぱりこの季節の朝の空気はうまいな。朝飯要らずだ」
深く空気を吸い、味わいながら何気無しにテレビを点ける。すると、今日の運勢がやっていたのでまた何気なしに見る。そしてなんと自分の星座、獅子座が1位なっていたのだ。これまで占いとか運勢をあまり信じて来なかった。が、しかし1位となると話は別である。まじまじと見ていると仕事運が最高だった。
「ふっふーん。今日は良いことがあるぞ」
……平岡勉は今日も単純であった。そして、会社に向かう時間になり支度をして家を出たのである。
「フンフンフーン」
朝から機嫌が良く鼻唄を歌いながら、そして、いつもより足が軽く、軽快に会社に向かう。
「社長、おはようございます」
「おー、平岡さんおはようございます。何か今日は機嫌がいいですね。何かあったんですか」
「はい、占いで1位になって、仕事運も最高でした」
「……あ、はい。そうですか……」
「ん?」
社長が目をそらし、聞いてはいけない事を聞いた時の表情になる。
「平岡さん、気を引き締めて今日も頑張って来て下さい」
引きつった笑顔で見送られ、会社を出て甲府駅に向かう。そして、甲府駅に着くと、この日は珍しく、タクシーが少なかったのだ。
「本当に占い通りになりそうだな。すぐ出番が来そうだ」
……30分後……予想通りすぐ先頭になった。すると、家族4人組がタクシーの方に向かって歩いてきた。
「よろしくお願いします。どちらまで行きますか?」
「すいません。県立美術館に行ってそこで待ってる事は出来ますか?」
「出来ますよ。その後は甲府駅駅にまた戻られますか?」
「いや、その後は、ほったらかし温泉に行きたいんですけど……」
「分かりました。大丈夫です」
「あー、良かった、良かった」
そう言ってお客様が安堵した様子でタクシーに乗車をし、目的地に向かってタクシーを走らせる。
「お客様達は観光で来られたんですか?」
「そうなんですよ。昨日一泊して今日東京に帰る予定なんですよ」
「そうなんですね。因みに昨日は何処を回ったんですか?」
「昨日は昇仙峡を回ったんですけど……紅葉が終わってました……アハハ」
「アハハ、来年また見に来て下さい。本当に素晴らしいので」
「是非そうします」
そして、美術館に着き駐車場に入ろうとしたら入り口に満車の看板が出ていた。
「えっ、こんなに混むんですね」
お客様が驚いた表情で言ってきた。
「そうなんですよ。ミレーの落ち穂拾いとか色々有名な絵画があるので秋の観光シーズンは混むんですよね」
「そうなんですね」
「でも、大丈夫ですよ。タクシーは分かりやすい端に停めれるので」
駐車場の中の邪魔にならない端の場所にタクシーを止めてお客様を降ろした。
「では、ここで待ってますので、楽しんで来て下さい」
「分かりました」
……
「カチ、カチ」
タクシー料金は待っている時間もどんどん増えていくのであった。
「カチ、カチ」
「……さすがに止めといてあげるか」
青天井で無限に料金が上がり続けるので途中からサービスをしてあげ、のんびりお客様を待つことにした。……1時間後……美術館からお客様が出てくるのを確認してタクシーを前に出してドアを開ける。
「すいません、お待ちどうさまでした」
「いえいえ、こちらも仕事なので大丈夫ですよ。それよりもどうでした?」
「絵画は良かったんですけど…すごく混んでました」
「アハハ、自分は絵心が全く無いので絵画の良さを全く分からないですけど……こんなに混んでるならそれだけ魅了するものがあるんでしょうね。アハハ」
「……アハハ……」
「……」
お客様が笑い終わり、無言になってしまいました。
「次は、ほったらかし温泉でよろしいですよね」
「えーそうです。よろしくお願いします」
「分かりました。露天風呂から見える甲府盆地は最高ですよ。なので、旅の疲れをそこで癒してください」
「おー、それは楽しみですね」
そして、美術館から約40分かけてほったらかし温泉に到着したのだった。
「では、こちらでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございました」
「料金は7680円になります」
「では、これで」
お客様が一万円札を出してきたので、お釣りを渡たそうとしていたら、お客様が笑顔で言ってきた。
「お釣りは結構ですよ。気持ちです。ありがとうございました」
「……えっ……あ、ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「いいんですよ。ありがとうございました。さっ、運転手さんにありがとうして」
「運転手さん、ありがとうございました」
かわいいお子さん達にも挨拶をしてもらい、仲の良さそうな家族はほったらかし温泉に入っていった。そして、それを見届け自分もほったらかし温泉を後にし甲府駅に向かう事にした。それからも相変わらず甲府駅はタクシーが少なく忙しくて、時間が経つのが何時もより早く感じていた。……日付があっという間に変わり深夜0時10分頃……先頭で待っていると若い男女がこちらに向かって歩いてきた。
「乗るのかな?乗らないのかな?」
と思いながら2人を見ていると女性がなにやら携帯で通話をしているのが確認できた。
「乗らないな」
と思い視線反らしていたら通話をしていた女性がドアをノックしてきた。
「コンコン」
乗らないと思い込んでいたので意表を突かれ慌ててドアを開ける。すると女性も慌てた様子でスマホを差し出してきた。
「すいません、とりあえず出てください」
「ん?……もしもし」
「おい、どう:-¥.-#¥……」
いきなり怒鳴られ、すぐに通話口に手を当てて女性に問いかける。
「これは……何?めっちゃ怒ってるんですけど…」
「すいません、お父さんで…とりあえず話して下さい」
「……分かりました」
通話口から手を放し、もう一度会話を試みることにした。
「もしもし、お電話変わりましたタクシー運転手ですけど……どうしました?」
「どうしました。じゃねーよ。貴様今どこにいるんだ」
「ん?貴様?あのさ、初対面ですよね?自分もよく分からず携帯を渡されてるんですよ?落ち着いて話をしませんか?」
「……はぁー、あなたは誰ですか?」
電話越しの人が大きく深呼吸をして、落ち着きを取り戻したのが分かった。
「タクシー運転手の平岡ですけど、どうしました」
「娘が全然帰って来なくて、連絡も着かずに警察に相談しようとしてたんですよ。で、やっと電話が繋がった所です。今はどこにいるんですか?」
「ここは、甲府です」
「……山梨県の甲府?」
「そうです」
「…因みに娘1人ですか?」
「いや、男性と2人ですね」
「はぁーとりあえず、送って来てくれませんか?」
「分かりました。どちらに向かえばいいですか?」
「東京の北区です。お金はいくら懸かってもいいので」
「えっ…」
驚いて言葉を失った。お客様を乗せてまだ県外を行った事が無かったので値段もいくら懸かるのかまだ全く分からないのだった。
「本当に北区に行った事が無いのでいくら懸かるか分からないんですけど、それでもいいんですか?」
「お金は幾らでも払うからいいんだよ。あなたも子供がいるなら分かるでしょ?年頃の中学生の娘に何かあったらどうするんですか?なので送ってきて下さい。来たらその時お金を支払うので」
「……まだ子供もいなければ、結婚もしてないんですけどね…」
「……えっ」
「……とりあえず無事に娘さんを送り届けるので安心して待っててください。後、ナビにいれるので住所を教えて下さい」
そして、住所を教えてもらってナビに出し2人をタクシーに乗せて甲府駅を出発した。バックミラーを見ると二人とも静まり返っていた。無言のまま、国道20号線を東京方面に向かい、勝沼インターから高速道路に入り、後はナビ通りに運転をする事にしたのだった。
「お客様、長時間乗ってる事になるのでお手洗いに行きたい時は言って下さいね」
「はい、分かりました」
「それはそうとお客様、めっちゃくちゃ電話で怒ってたんですけど、どうしちゃったんですか?」
「いや、実は、富士急ハイランドに遊びに来たんですよ。そのついでに甲府にも行こう。ってなって、映画館に入るときに電源を切ったんですけどそれを忘れてて、しかも帰る電車も無くなってて困って親に電話をしようとしたら電源が入ってなくて…」
「それで心配して怒ってたんですね……色々重なっちゃいましたね」
「運転手さん、俺どうなりますかね?」
震える声で男の子が言ってきたので、現実を突き付ける。
「うーん、2人の関係は?お友達?それとも付き合っているの?」
「付き合ってます」
「それなら殴られる覚悟はしといた方がいいですよ。なにしろ物凄く怒ってたんで」
「はぁー」
「でも、ちゃんと謝って次からはこの様な事が起きないようにって言えば、もしかしたら1発で済むかもしれませんね」
「結局殴られるんですね…友達ならどうなりますか?」
「友達なら逃げればいいんですよ。家を教えてくれれば送りますけど…」
「いや、彼女の家に行って下さい。ちゃんと謝ります」
「分かりましたよ」
「はぁー」
そしてまた、深いため息を付きうつ向いて二人とも静まり返る。その後はナビ通りにただひらすら目的地に向かい走り続けた。……3時40分やっとの思いで目的地に到着した。
「お客様着きましたよ」
「……スースー」
今から怒られると言うのに二人とも呑気に寝ていたのだった。
「お客様、起きてください」
今度は大きな声を出してお客さまを起こした。すると寝惚けた様子で起きて窓の外をキョロキョロと見渡していた。
「着きましたけど…ここで合ってますか?」
「……はい、ここです」
「では、お会計をしたいのでお父さん呼んできて下さい」
「分かりました」
ドアを開けると女性が1人家の中に入って行った。
「お客様も外に出て、立って待ってた方がいいですよ。それで、出てきたらすいませんでしたって初めに謝って下さい」
「……分かりました」
すると、家の扉が開き背が高く体格のいいお父さんが登場した。
「すいませんでした」
「………」
お客様が頭を下げて謝ったが、睨み付け無視である。
「ドンマイ…」
心の中で励ましているとタクシーを廻って運転席の方に歩いてきた。
「わざわざ無理を言ってすいませんでした。本当に助かりました。いくらになりますか?」
意外にもすごくいいお父さんで拍子抜けした。
「いえいえ、こちらも仕事なので気にしないで下さい。料金は5730円です」
「分かりました。これでお釣りも結構ですよ」
「分かりました。ご確認しますね……ん?7000円ありますけど……」
「迷惑料と気持ちです。わざわざ遠くまで送ってくださったので」
「いやいや、これは多すぎます。せめて6000円にしてください」
「いやいや」
「いやいや」
出しては引っ込められの繰り返しでらちが明かない……
「分かりました。では、ありがたくいただきます。その代わり、怒るのはしょうがないですけど反省もタクシーの中で沢山していたのであまり怒りすぎないようにしてあげてください」
「……努力します」
「では、行きますね。ありがとうございました」
そして、アクセルを踏み今度は山梨に帰るため長い道のりを帰るのであった。腕時計を見て時間を確認すると、朝の4時を回っていた。
「会社に着くの7時になってしまう…しかし朝の占い当たったな。チップだけで一万円以上になってしまった」
……朝の7時過ぎ、眠気を堪えながら無事に会社に着き、帰宅をし、また懲りずにテレビを付けて運勢を見る。今日の運勢は中途半端な8位に下がっていて、金運が最悪だった。
「ふっ、運命は自分で変えるものだ」
カッコいい台詞を吐き、私服に着替え始めて、家を出る。
「昨日貰ったチップを元手にして増やしてやる」
そう、平岡勉はパチンコ屋に向かいます。
「ジャンジャンバリバリ」
パチンコ屋に着いて台を入念に選ぶ。
「これだ~」
…………2時間後…………
「はぁー……帰えって寝るか」
なんと財布の中身が完全消滅したのだった。
「運命なんて簡単には変わらんね」
こうして、財布の中身と同時に今年の秋も終わりを告げるのであった。