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絢爛豪華な内装に異様な熱気と狂気に包まれるフロア。翔の目につくのは見た事のないほどのきらびやかな格好をした者達と、その下に蹲る弱者達の姿。これ程までに弱肉強食を表した世界が他にあるだろうか。
2塔天に向かいそびえ並び立つ、双頭のカジノ『黄昏』と『暁』。その名はまるで世界の全てを表現しているかのようだった。
翔達はその1つ目の塔『黄昏』へと足を踏み入れていた。
「ここが、この世界の博打のすべてが詰まる場所か」
翔はギュッと手を握りしめる。その手に握られているのは道端に落ちていたコイン一枚。その一枚はきっと日本円にして100円にも満たないコインだろう。しかし、そのコインは彼の命運を握る一枚。翔はそのコインをしっかりと握りしめて歩みを進める。
周りを見渡しながら歩み進める翔はカジノの状況を理解する。
今自分が居るのは低レートの階。一つの階に対してカジノの全てが揃っている。スロットマシーンからルーレット。バカラから始まるトランプゲーム。この広いフロアで一つのカジノが形成されている。つまり、この空高くまで続く塔のシステムは上に行けば行くほどレートが上がると考えるのが普通。違ってもそれはまた上に上がっていきつつ確認すればいい話。
まずは自分の能力を使って把握しなければいけない。そう考えた翔は唯一チップへの交換が必要なく、コインを直接投入してできるスロットマシーンへと座った。
「まぁ、それしか無いわよね」
「あぁ」
翔はソフィアとの会話を短く済ませ、機械へコインを投入する。そして、気合を入れてレバーを叩く第1打
____は勿論外れる。これは翔の想定内。問題はこれから。翔のとった行動は…
「おーい!宝箱が揃ったのにリールがズレたぞぉぉぉ!!」
ただ叫んだ。
「おい、そこのお前!こっちに来い!この機械ぶっ壊れてやがるぞ!!」
やれやれと言った顔で男のスタッフのが歩いてくる。こう言った事に慣れているのか、その顔に焦った様子も無く悠々自適といったところだろうか。
「お客様、今までそういった故障は当店ではありません。お客様の見間違いとかでは無いでしょうか?」
翔はこちらに疑いをかけてきたスタッフに対してしたり顔をする。そうだ、それでいい。そんな心の声が聞こえてくるようだ。
「じゃああんたが試しに打ってみろよ。おれは無一文だからあんたが店の金で打って違ったら後から払うよ。その代わり壊れてたらちゃんと宝箱の分は貰うからな」
「はぁ、かしこまりました」
翔は席を立ち上がりスタッフの男を誘導する。
そう、これでいい。疑いをかけるという事は、こちらを信用していないという事。つまり嘘をついていると思っているという事。これで能力の条件はクリアした。翔は心でほくそ笑む。
「じゃあ行きますよ」
スタッフはコインを入れるとレバを叩く。
ゆっくりと回転しだしたリールはゆっくりと止まる。だが、いつもとは違う。最後に一コマほど全リールが滑った。
「!?」
スタッフの男は驚きを隠せないでいた。
「ほら、だろ?じゃあ宝箱の配当分。頼むよー」
「ほ、本当に申し訳ございませんでした!!」
翔がスタッフの男の肩をポンと叩くと、男は焦ってどこかへ走っていった。それを見て翔はもう一度席に座る。
「早速能力を使ったわね。それにしてもなんで7揃いのジャックポットじゃなくて配当の低い宝箱にしたのよ?」
ソフィアの問いに「そんなのは簡単だ」と頭を掻きながら答える翔。そして続けて答え合わせをはじめる。
「今回ついた嘘のファクターは宝箱が揃ったという事じゃない。リールがズレたって事だ。これだけしっかりとしたカジノだ。リールがズレるなんてバグ、よっぽどありえないだろう。つまり、ここの奴らは入賞していないのに宝箱が入賞したという事実よりもリールがズレたという事実の方がよっぽど重要で、尚且つ有り得ない話だ。嘘だと思うのもそっちの方だろう。それを7揃いがズレたなんて言ったら7揃いの方に意識がいってしまうだろう?」
「別に7揃いしたという嘘を真実にすればいいじゃない」
「はぁ、あなたはおバカさんですか…?」
その言い様に少しカチンときたソフィアだったが、今はそれよりも答えを知りたいのでぐっと堪える。
「そんな事したらスタッフの奴が確認する時に7が揃っちゃうだろー。そんな事してみろ。仮に本当に俺が7揃いをさせていたとして、また7揃いする確率ってどんなんだよ。奇跡だ!!ですむ話じゃないでしょう。不正を疑われるわ。つまり、7以外で一番配当が高く、店にとってもそれ程の不利益はなく、掛け金100倍の配当である宝箱揃い。これがデッドラインであり、このワンゲームでカジノから絞れる限界だ」
「なーるほど」
ソフィアは気の無い返事をしたが、その実は翔に対して尊敬の念を抱いていた。
この店に入り、あの一回転させる間にそこまで考える頭脳。そして、一瞬にして死の境界線を見抜く嗅覚。
「す、すみません!お持ちしました!!」
「おー、ご苦労様です」
たかだかコイン100枚を受け取るその男の姿は、八丈島翔という男の底の深さを知らしめる出来事だった。
スタッフの男が平謝りしながら去っていく。翔が打っていた台は勿論稼働停止となっていた。その為翔はコイン100枚を持ち隣の台に移動する。
「それとな、ツキってのは歯車なんだ」
「歯車…?」
「そう歯車だ。一つ噛み合うだけで動き出す」
「どういう事よ」
「俺が最初に打っていた台を見てこの台を『これも壊れているかも!』と一回転だけさせてった奴いただろう」
「いたけどそれがどうかしたの?」
「それがこの台のツキの最後の歯車だ」
ソフィアは頭にハテナを浮かべながら、翔がコインを入れてレバーを叩く姿を見つめる。するといつものように動き出したリールはゆっくりと7を一つずつ三つのリールに止めていく。
こんな事が有り得るのか。翔は能力を使っていない。それは能力を与えたソフィア自身が分かっている。
「な、歯車が回り出した。ツキは俺に降りてきたんだよ」
ソフィアはこの男の本質をまだ分かっていなかった。能力なんてものはただの飾り。装飾品に過ぎない。これこそがこの男の本質。これが『博才』。
「さぁ____一稼ぎはじめますか」