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「さぁ、八丈島翔様カードをお引きください」
八畳程しかない部屋に、黒服の男と小汚い格好の男がいる。その小さな部屋には異様な熱気が漂っていた。
部屋の真ん中に置かれた小さな台には、ハートと7が描かれた一枚のトランプと、至って普通のトランプの束が置かれている。黒服がトランプの束を手に取ると、小汚い格好の男、八丈島翔に差し出した。
「多分、俺はこのカードで終わる。純粋なイカサマの無い、平等なルールの中で行われたハイアンドロー。そのルールで負けたのなら、俺、後悔は無いよ」
そう黒服に告げた翔は、震えた手で束の一番上にあるトランプを引く。翔はそのトランプを見る事なく、裏にしたまま机の上に置いた。
「これが、俺の命の残りカス。100枚あったチップのラスト一枚」
黒服を一瞥し、上を向いたまま手元にあった一枚のチップを黒服の方へ投げる。
「ハイかローかお選びください」
エースを最大とするこのハイアンドローでは、7を基準にする場合ハイが確率的に当たりやすい。ハイかローを選ぶという単純なゲーム性に、当たれば掛け金の2倍になるが外せば没収という単純なルール。しかし、その単純さ故に賭け手の博才による完全運否天賦。ここまでもつれ込んだこのゲームは只の確率論では収束しない。
「最初から決めていた。このゲームが始まった時から。ハイだ。俺の命を賭けるにはハイが相応しい」
「かしこまりました」黒服はその一言だけ発し、翔のチップを回収する。
「僅か100枚のチップを消化するのに約3日かかった。長かったな。名前も知らないアンタとの付き合いもな」
「それでは誠に勝手ながら、八丈島様のカードをオープンさせて頂きます」
黒服は翔の言葉に何か返答するでもなく淡々と作業を行う。
「あー、楽しかったよ」
「翔様のカードはダイヤの6。翔様はチップ及び賭ける財産を喪失したため、このゲームを終了致します」
「ハッ、最後の最後までツイてねーや」
「それでは翔様。良き旅路を」
黒服は部屋の灯りを消して、真っ暗になった部屋に翔を取り残し、何か大きな発砲音の様な音を鳴らしたあと部屋を後にした。
その後、数人の別の男達が部屋へと向かっていた。翔がどうなったのか想像に難くないだろう。
こうしてこの世界の裏社会を賭博のみで生き抜いた博打の天才、八丈島翔は人生を終える事となる。そう『この世界』においては。
数奇な運命が、意識途切れた筈の翔の鼓膜に不思議な声を届ける。
『さぁ、新しいゲームをハジメマショウ』