《☆~ バゲット三世の訪問(六) ~》
パンゲア帝国からの訪問団は、忙しく動き回って帰り仕度を続けている。
王を乗せるための四輪車に、臨時の改造が施されることになった。座席を撤去して、やや広い床板を設置した上に、敷布団が載せられる。それらの資材は、ここまでくる途中の野営で使っていたものを、うまく転用しているのだった。
でき上がった寝台車に、負傷している王陛下を、患部への障りがないよう静かに寝かせ、その上に掛け布団を被せる。
この場に、一等政策官のチャプスーイが現れた。彼が今頃やってきたのには理由がある。
「遅くなりました。伯爵からのご質問に、色々とお答えしていたものですから」
「はあ、そうですか」
チャプスーイの言っている伯爵とは、他の誰でもなくジェラートの父親、シャルバート‐スプーンフィードである。
貴賓室でパンゲア帝国王を迎えるために待っていたシャルバートから、チャプスーイは、隣国の王がどのような出で立ちをしているのか、どのようなお供を連れているのか、そういったことを根掘り葉掘り尋ねられ、そのために、ここへくるのが今になったのだと弁解している。
ジェラートにしてみれば、それは些細なことでしかなく、不慮の事故があったことを早急に伝えなければならない。
「実は馬の見物中に、パンゲア帝国王が大怪我をなさったのです」
「えっ!?」
「四輪車から転落なさり、右足の骨折で全治二ヶ月とのこと」
「それは大変なことになったものです。いや、しかしまたどうして?」
お馬を単に見るだけで、なぜそのような事故が起こったのだろうかと、チャプスーイは少しだけ理解に苦しんだ。
そして間もなく、あることが頭をよぎった。
「まさか、お馬が暴れたりしたのでしょうか?」
「そうではありません。その点はご安心下さい。ただ……」
暴れたのはパンゲア帝国王なのだった。お馬が怪我を負わせたのではなく、チャプスーイの悪い想像は杞憂である。
しかしながら、帝国王が怒って騒ぎ出した要因は、五番目に歩んできた白馬についてジェラートと交わした、やり取りにあったのは明確である。
だから責任問題へと発展するのではないだろうかと、ジェラートは少なからず懸念しているのだった。あの白馬の名を偽って、「シルキーローラ」と答えてしまったのである。
どうして、そのような返答をしたのか。ジェラートは、今になって少しばかり後悔の念を抱かざるを得なくなるのである。心の奥底に潜んでいる、自身の卑しさを思い知りもした。
《パンゲアの王が、どうしてファルキリーのことをご存知なのか……》
ジェラートは今なお、目の前にいる牝馬を愛している。
近くには、ファルキリーを連れてきた護衛官も直立不動のまま控えていた。
「ああ済まなかったな。このシルキーを戻してくれ」
「はっ、承知致しました!」
護衛官はシルキーと呼ばれた美しい白馬を、厩舎のファルキリー専用部屋へと連れ帰るのだった。
お馬と部下を見送ったジェラートは、チャプスーイとの会話を再開する。
「お怪我をなさったパンゲア帝国王は、今日の会談を取りやめて、急きょ帰国なさることと決まったのです」
「そうなのですか。実に遺憾ではありますが、そのような事情とあっては致し方ありませんね。この旨、早速お伝えしに戻ることと致しましょう。伯爵にはもちろんですし、皇帝陛下のお耳にも早くお入れしなければなりませんから」
「お頼みします。僕は訪問団をお見送りすることにして、それから後に、詳しい状況報告を父や皇帝陛下にさせて頂きます。そのように、お伝え願えますか」
「はい、分かりました」
チャプスーイは、元きた道を取って返すことになった。
この場に残るジェラートは、パンゲア帝国の人々が帰り仕度を続ける様子を眺めながら、どのような言い訳をしようかと考えを巡らすのだった。




