《☆~ バゲット三世の訪問(四) ~》
宮廷門の内側は見栄えよく整備された、いわゆる「憩いの広場」になっており、中央に円形の人工池が造られている。池を囲うようにして道が環状に続く。つまり門から入ってすぐ、進路が左右に分かれるということ。
ところどころに、園芸の趣向を凝らした花壇や果樹の木立などが多数ある。
草花の芳香は爽やかで、愛嬌のある小動物も和やかに暮らしている。だから、訪れてくる者たちの心は、少なからず癒されるはず。
一行は徒歩で進んでいるけれど、ただ一人だけが、座席つきの四輪車に乗っている。それが本当なのかどうか周囲に知る者のいない、パンゲア帝国王を名乗る男である。
四輪車の四隅に衛兵が一人ずつ立ち、車体の側面から水平に突き出ている鉄の棒を握って前へ押す。でも、ただ単に力を加えればよいのではなく、慎重に息を合わせないといけない。特に、曲線状の道を進むには、なかなかに熟練を要する。
進行方向の右手側には、建物がいくつか道に面して並んでいる。それらは「貴賓室」と呼ばれており、皇国内や他国から宮廷へやってくる者たちが休憩できる場となっている。
歩きながら、ジェラートがチャプスーイの耳元に口を寄せる。
「客人を厩舎にご案内することを、伝えておく方がよろしいかと」
「そうですね。お任せ下さい」
チャプスーイが答え、建物の一つを目指して足早に向かう。
ジェラートたちは、そのまま環状の道を四半周したところで、右に折れて分岐している道へと進む。そうすると、前方に広い馬場が見える。
一行が厩舎に到着しても、四輪車に乗った男は降りず、座席からお馬を眺めることにしている。周囲を衛兵が囲み、堅く守る構えを緩めない。
「お馬は、どれほどが暮らしているのでしょうか」
サトニラ氏がジェラートに向かって尋ねた。
「ざっと三百頭です」
「白い牝馬の数は?」
「十ほどだと思います」
「それらの一頭ずつを、ここに歩かせて貰えますか」
「分かりました」
ジェラートが答え、近くで作業をしている三等護衛官を呼び、用件を伝える。
それから少しばかり待っていると、手綱を握る護衛官に連れられた白いお馬が歩んできた。
座席上の男は、黙ったまま、白馬の歩く姿を眺めている。
そしてまた別の者が、別のお馬を連れてくる。もちろんのこと白い毛並みをしている。今度も沈黙のまま、常歩で四輪車の前を通り過ぎる。
同じように三頭目と四頭目に続き、その次のお馬がやってきた。
「ほおお、輝かしい白馬じゃ!」
突如、座席上の男が称賛の声を上げた。
サトニラ氏がジェラートに言う。
「止まらせて下さい」
「はい」
ジェラートが指示を出し、護衛官とお馬は四輪車の前で立ち止まる。
「お馬の名を申せ」
座席上の男が発する言葉に対して、ジェラートと護衛官は無言を貫く。パンゲア帝国王と対等ではない立場の彼らは、直接的に言葉を交わすことはない。お馬の方も、それを理解しているかのように、微動だにせず待機し続けている。
サトニラ氏が、黙り込んでいるジェラートに向かって、「我が帝国王が、お馬の名をお知りになりたいのです」と言った。
それでジェラートは、少しの躊躇逡巡もなく答える。
「名はシルキーローラです」
「偽りを申すな! この白馬こそファルキリーじゃ!」
男の叱責する大声が響いた。
これに対してジェラートと護衛官は再び黙った。お馬も、聞く耳を持たないかのように、平然としたままである。
サトニラ氏が、黙り込んでいるジェラートに向かって、「我が帝国王が、偽ってはならない、この白馬の名はファルキリーだ、と仰せです」と言った。
ジェラートは、直立不動の護衛官に尋ねる。
「この白馬の名は、シルキーローラに相違ないだろう」
「は、はい! シルキーローラであります!」
「誰のお馬なのじゃ!」
再び男が怒鳴り、サトニラ氏が、「我が帝国王は、このお馬が誰に所持されているのかを、お知りになりたいのです」と言った。
ジェラートが今度も躊躇いなく答える。
「シルキーローラは、皇国の国馬です」
「三度も偽りを申すな!」
男がついに座席から立ち上がった。このため車体が大きく揺れる。
「ぬわっ!」
「王陛下!!」
サトニラ氏が大あわてで、注意を促すための声を発するのだった。
けれども既に王陛下は、車体から地面へ向けて転落する瞬間を迎えている。




