《☆~ 現在(四) ~》
楽しい食事の一時も、そろそろ終わる。
まだ席にゆったりと腰掛けたままでいるジェラートが、少し落ち着かないような表情を見せ、神妙な囁き声で切り出す。
「実はねキャロル」
「はい、ジェラートさま」
「ああ、なんと話せばよいものか……」
キャロリーヌは、ジェラートの顔色から瞬時に彼の心境を読み取った。なにか懸念になることが、彼の胸中にあるのだと。
「どうかなさって?」
「宮廷内で、不穏な動きがある」
「まあ、そのような……」
「今日、ここへくるのをよそうとも考えたくらいだが、前々からの約束だったこともあり、抜けてきたのだよ。でもね、やはり気掛かりだから、今から城へ戻るよ」
「えっ、もうこんなに遅いのに?」
「そうだとも。大事がなければ、まずそれに越したことはない。もちろん、僕はそう願っている。だが、万が一ということだってあり得るからね。無駄足になるかもしれないが、僕は宮廷へ向けて駆ける、ファルキリーとね。手遅れになってから後悔するより、二倍はましだよ」
「ええ、よく分かりましたわ。くれぐれもお気をつけになって」
「ああそうする。だからキャロルは、なにも心配しなくていいよ。ファルキリーが、この僕を安全に乗せていってくれる。ははは」
「はい……」
これだけの会話をして、ジェラートが席を立つ。
邸宅のすぐ外で、キャロリーヌは愛しい婚約者と別れる。
お馬のいる小屋まで見送りに行くと申し出たけれど、ジェラートは「寒いから」と言って、キャロリーヌを邸内へ押し戻すのだった。
すっかり銀世界に変容した大地を、澄んだ高い夜空から、蒼い月が照らしている。
辺り一面と同化してしまう、白く美しい毛並みを持つ牝馬、ファルキリーを駆り、ジェラートはローラシア皇国城へと向かった。
夕刻に降り始めた粉のようだった雪が、今では重そうな牡丹雪になっている。
* * *
* * *
* * *
キャロリーヌは再び食堂の席へと戻った。
今夜はいつも以上の疲れを感じている。調理に全神経を集中させたことの影響も大きいけれど、それだけではない。
愛しい彼と会っている時は、普段と違う緊張感が全身全霊に漂う。確かに、胸はトキメキを覚え、無上に嬉しいと感じていられる。
でも別れて一人になってしまった後には、なにか得体のしれない不安が湧き上がってくるのだから。
「本当にあたくしのことを、心から愛して下さっているものか……」
自分たちの婚約は、優秀な宮廷官を出す血筋を絶やさないための目的に過ぎないのかもしれない。
なにしろキャロリーヌは、かつて一等調理官を務めていたグリル‐メルフィルの血を引く十六歳の少女。対するジェラートは二十四歳にして既に、宮廷内の誰もが認める期待の星、皇国一優秀な高級官、誉れ高い一等管理官なのだから。
そのような若い二人を結びつけるという「政略婚」の意味を帯びた国策として、皇帝陛下はお下知なさったのではないか。ジェラートはただ皇国のために、辺境で暮らしている好きでもない娘との縁談話を受けただけではないか。こういう偏屈な憶測を、つい頭に思い描いてしまうのだった。