《★~ 業火の日(二) ~》
椅子に腰掛けたままラビオリは、上半身をゆっくりと捻った。
ビートの顔を見据える姿勢となり、あえて穏やかに話す。
「ボルシチさんの仰る意味が、ボクには分かりませんが」
「それなら教えてやろう。今日の調理実習、キャロリーヌ嬢は、このビートと臨むことになっている。だから、その間を割って、無理に横入りしてこようとするキミの卑しい行為は、抜け駆けなのだ。これで、意味が分かっただろう」
ラビオリはキャロリーヌの方に向き直る。
「メルフィル四等管理官、そうなのかな?」
「あたくし、ボルシチ三等管理官さまと、そのようなお約束なぞは、しておりませんけれど……」
困惑するキャロリーヌの顔を見た後、ラビオリはビートを睨む。
「おかしな話だね。彼女は、覚えがないと言っている」
「うん。それはだね、今から申し込むから、覚えがないのは当然だ」
「おいおい!」
「そういうことでキャロリーヌ嬢、よろしく頼むよ。わはは」
「あの、あたくし……」
ビートからの一方的で強引な誘いに、キャロリーヌはますます困る。
「戯けども!」
「ひえっ。こ、このボクも、戯けですか!?」
老魔女からの一喝で、大きく驚いたラビオリである。
「そうじゃとも。お前たちの浅はかな魂胆は、すべて見え透いておるわい。それには三つある。まずキャロルを嫁にしようという企みじゃ。そして二つ目はメルフィル家を継いで自らが公爵となり、広く人望を得ようという狙い。もう一つは、この皇国一と誉れの高い駿馬、ファルキリーを我が馬にすること。そうであろう?」
「えっ、そ、そのような……」
先ほどまで落ち着き払っていたビートが、急にあわて始めるのだった。
オイルレーズンは、ラビオリにも厳しい言葉を浴びせる。
「キュラソー三等管理官も、同じく私利私欲に満ちた目的でキャロルに近づいてきたのじゃな。違うか?」
「い、いえ、なにもボクは……」
思わず紺碧の瞳を逸らすラビオリである。
オイルレーズンからの視線が厳しいままなので、とうとう彼は、自慢の銀髪をフワリと揺らして頭を横に向けるのだった。いつもは整っている顔立ちが、少しばかり歪んでいる。
続いて、すぐ傍に立ち尽くしている、もう一人の貴公子、ビートの柘榴色に輝く瞳に、再びオイルレーズンからの冷たい視線が注がれる。
「グリル殿の亡き今、あたしがキャロルの親代わりじゃ。お前たちのように狡猾な計略を用意して、メルフィル公爵家を乗っ取ろうなぞ企てる輩は、容赦なく打ちのめすつもりじゃ。覚えておくがよい!」
「なっ、なにも乗っ取るつもりなんて、毛頭ございませんよ。このビートに限り、決してそのような考えでキャロリーヌ嬢に求婚しようという邪な心は、夢の中にすらあり得ません」
「ふむ。その言葉に、二言はないのじゃな」
「へっ!?」
「お前は、つまり、この先もキャロルに結婚を申し込むつもりなぞ、毛頭ないのだと、ここで誓えるのかのう」
「うぅ……」
「あはは!」
突如、ラビオリが椅子の上で笑い声を上げた。
「なにがおかしい?」
「あ、失礼をお許し下さい。ボルシチ三等管理官が墓の穴を掘っている姿です。それが、あまりに滑稽だったもので、つい我慢できず」
「墓の穴とは、誰のじゃ。あたしのか?」
「いいえ。ボルシチ三等管理官、自らのです。どうして、オイルレーズン女史のお墓が必要となりましょうか」
「お前たちのような若者より、この死に損ない魔女のババアが先に逝くじゃろう」
「なるほど、ご尤もです。女史に代わって、早速ボクが掘りましょう」
「戯け!! 今すぐには必要としておらぬわい!」
「ひっ、も、申し訳ございません……」
結局、ラビオリも自ら墓穴を掘る形となった。
普段は若い女性たちから慕われる端正な容姿をしている二人なのに、今はまるで道化者に変わってしまったような姿が気の毒でもあり、惨めにも見える。
彼らと老魔女とのチグハグなやり取りを、キャロリーヌは、黙って眺め続けるしかないのだった。