《★~ ロッソの告白(三) ~》
悲しい事件の話を進めるにつれ、ロッソの表情に浮かぶ苦痛の色が、次第に濃くなってくるのだった。
彼女の胸の内が、キャロリーヌには手に取るように分かり、その顔を直視することも、言葉を聞き続けることも辛かった。
同じことをオイルレーズンも感じており、ロッソが口にしなかった調理官の名前を、代わりに公表しようと意を決する。
「ロッソさんや、第一厨房でビアンカさんに偽りの指示を伝えたのは、配膳担当の任にあった二等調理官、ガラム‐マサラなのじゃろう?」
「はい、そうです……」
「あらまあ!」
新事実を知らされ、キャロリーヌは、少なからず動揺することになった。
オイルレーズンの言った人物は、休憩居室を共有している三等調理官、ホッティの母親なのである。
「立食会が中止となって、一等調理官の公爵殿と三十人の調理官が第三玉の間に集合させられることになりました。その際、母は、そうなった理由をガラムさんから聞いたそうです。信頼している彼女に騙されたことを知らず……」
「いいや違う」
「え!?」
ロッソは目を丸くせざるを得なかった。
「オイルレーズン女史、どういうことですか?」
「ビアンカさんは、ガラムに騙されたのではない」
「えっ、それは本当ですか!?」
「そうじゃとも。別のよからぬ者が、偽りの言伝をさせおったのじゃ」
「まあ、そうしますと、ガラムさんも誰かに騙されたのですね!」
「その通り。事情があって、その輩の名を公表することはできぬのじゃが、少なくともビアンカさんは、友人に裏切られたのではない。それだけは確かなこと」
「あああ、そうだったのですね!」
涙を流すロッソの横顔を見ると、キャロリーヌの目も潤んでくる。
「二日ばかり早くそのことを知って、母に教えてあげられていたなら、どんなにかよかったことでしょう。母は、とうとう親友に騙されたと思い込んだまま、この世を去ることになってしまい……」
「いいや、それも違う」
「えっ、違うのでしょうか!?」
「ビアンカさんは、最期までずっと、ガラムを信じていたはずじゃ」
「そうでしょうか?」
「ビアンカさんが、ガラムを憎むような言葉を少しでも、あんたに聞かせたことがあったかのう?」
「い、いいえ。そのようなことは、一度たりともございませんでした!」
「そうじゃろう。それこそ、ビアンカさんが友人を信頼し続けておった、なによりの証拠なのじゃ」
「仰る通りです! ああ、大切なことを分からせて下さり、感謝致します!」
ロッソの流す涙が、悲しみによるものから、安堵による涙へと変わったのだと、キャロリーヌにはよく分かった。
しばらく静かに泣いて、それから落ち着いたロッソは帰宅しようとする。
別れ際に、オイルレーズンが尋ねる。
「これからあんたは、たった一人で生きるのか」
「はい。私には、もう肉親がおりませんし。朝の市場でのお仕事を続けながら、この先は、母の供養を続け、ひっそり生きてゆこうと誓います」
「果たして、ビアンカさんは喜ぶかのう?」
「それはその……」
「母親なら、娘の幸せを望むはず。そう思うじゃろう」
「はい」
「そこでじゃ、エルフルト共和国で生きるという選択もある。かの国で、大統領の息子と結婚してみては、どうかのう?」
「へっ??」
この唐突な提案に、ロッソは再び目を丸くせざるを得ない。
そんな彼女を相手に、隣国の大統領が息子の嫁探しをしている件を、オイルレーズンが手短に説明する。
あまりに急なことでもあり、驚きを隠せないロッソは、「少しばかり考えてさせて貰えますでしょうか」と答え、宮廷官舎から出てゆくのだった。




