《★~ 戦争の可能性について ~》
キャロリーヌには、疑問が一つある。だからマトンに近づき、それを聞いてみようと思うのだった。
「先ほど二等管理官さまは、四半刻すら過ぎていないと仰いましたけれど、そんなにも早く、ヒエイーの山頂から下りてこられるものなのでしょうか?」
「登った道を引き返して麓まで戻ってからこちらに回ってくるのだと、半刻あってもとうてい無理だったろうね。僕たちは、崖をこちら側に下ったんだよ」
「え、あのような険しい崖を!?」
「うん。そうすると言い出したのは、ショコラだけどね」
「まあショコラビスケさん、勇敢なのですね!」
「おうおう、おうよ! この俺さまはドリンク民国一、そればかりかグレート‐ローラシア大陸の中でも、一番に勇猛果敢な竜族ですぜ。がっほほほほ! お聞きになりましたかい、ドリンク軍の将軍さんに環境庁の副長官さん」
これに対して、パイクは一切の興味を示さず、平然として黙っている。
ジャムサブレーも、ショコラビスケの相手をする気はなく、キャロリーヌの方に問い掛けてくる。
「あなたは人族ですか?」
「え?」
「それとも、魔女族なのかしら」
「あたくしは人族ですわ。なぜそう思われるのですか?」
「いえ、少し気になったものですから。それより、メルフィル公爵家のご令嬢ともあろうお方が、どうしてまた探索者などに加わっておいでなの?」
「詳しくは話せませんけれど、あたくしには、やるべき使命がありますから」
「使命ね。そうですか。ほほほ」
竜族の栄養を管理する職については、ローラシア皇国で内密に進めていて、他言無用なのである。屈強な竜族を育てることは、少なからず軍事力の均衡に影響するため、なるべく他国に知られたくないという思惑があるのだった。
ここでオイルレーズンが、間に割って入る形で口を挟んでくる。
「パイク殿、そしてジャムサブレーさんにもお尋ねしたいのじゃが、パンゲア帝国とエルフルト共和国が再び戦うことになったとすると、ドリンク民国はどのような対応をなさるじゃろうかのう」
「ん?」
「両国間に、戦争が起こるのですか?」
「その可能性もなくはない。先ほど話していた、パンゲア帝国の悪魔女らによる自然改変の一件が、国際紛争を引き起こす要因になることも、あり得るからのう」
「ドリンク民国としては、あくまで中立の立場を崩さないだろうな」
パイクが毅然とした態度で答えた。
そして、さらに力強い口調で、自身の持つ見解をつけ加える。
「だが、我らの領土に少しでも火の粉が降り掛かってくるなら、どちらに対しても容赦はしない! オレたちドリンク軍の兵力は、決して、エルフルトにもパンゲアにも劣りはしないのだ!」
「その二つがローラシア皇国の領土を越えて、ドリンク民国へ攻め入ってくることなど、ほとんど現実的ではないでしょうけれどね。ほほほ」
ジャムサブレーは冷静な判断を下した。
ドリンク民国は、そもそも、エルフルト共和国とパンゲア帝国のどちらとも国境を接していないし、王国だった過去に遡っても、その二国と交戦状態になったことは一度もない。
それでも、隣接しているローラシア皇国とは、この数百年間に、大小合わせると十回以上の戦争を経験した。直近では、今から四十五年前に戦った、いわゆる「第四次ドリンク・ローラシア大戦」である。このためドリンク民国は、王国時代から軍事に関して特に力を注ぎ続けてきており、民主国家となった今も、それは変わらない。
前回の戦争を引き起こしたのは、冷酷なことで有名だった先々代のローラシア皇帝である。
その一方で、当代のローラシア皇帝は、とても穏やかな気質を有している。それに加えてドリンク民国でも、「軍務大臣」に相当する軍務省長官が穏健派なので、現在のところ「第五次ドリンク・ローラシア大戦」の起こる可能性は、極めて低いと考えてよいはず。
「貴国とローラシア皇国とが、今のまま末永く平和的な関係であり続けて欲しいものじゃわい。ふぁっははは!」
「うん。その通りだ!」
「ほほほ」
こうして、偶発的に始まった二国間小会談は、穏便のまま終わった。
オイルレーズンたち一行は、ドリンク民国の領土から立ち去る。




