《★~ ジャムサブレーの苦悩 ~》
パイクがキャロリーヌに唐突な求婚をしたことに端を発する騒動も収まり、待ち侘びていたオイルレーズンは、これでようやく話を切り出せる。
「お前さんは、高名な魔女族、ホイップサブレーの一族かのう?」
「そうです。私の大伯母になります」
「ホイップの血を引いておるのか?」
「いいえ。ホイップサブレー女史は、祖母の姉ですから……」
魔女族は、母親が必ず魔女なので、延々と同じ系統の血を引き継ぐ。
ジャムサブレーには、ホイップサブレーの母親から受け継がれた血が流れているけれど、ホイップサブレー自身の血を、直接には引いていない。
同じ母親を持つ魔女の姉妹であっても、たいていは姉の方が優れた魔女となる。
ホイップサブレーの妹、メラングサブレーは、それほど優秀ではなかった。そのため、少なからず残念に思いながら生きてきたジャムサブレーである。
「それはよいとして、なぜ崖の周辺に、対魔法遮蔽を施しておったのかを、話して貰わないとのう」
「ええ、そうしようと思っていましたところ、パイク殿が笑劇を始めてしまい、説明するのが遅くなりました。私の方からお詫び申し上げます」
「おいおい、笑劇とは酷いではないか!」
「将軍さま、ジャムサブレーさんは、このあたしと話をしておるので、少しばかり、黙っていて下さらぬかのう?」
「や、失礼した。つい聞き捨てならなかったもので。さあジャムサブレー、話を続けろ。ただし、言葉をよく選ぶのだぞ!」
「畏まりました。ほほほ」
パイクは、軽い笑い声を発する魔女を睨みはしたけれど、また邪魔者扱いをされてしまうだろうと思い、あえて文句を口にしなかった。
ジャムサブレーは説明を始める。
「私はドリンク民国の環境庁で副長官をしております。今回は任務のため、対魔法遮蔽を施したのです」
「どのような目的があっての任務かのう?」
「自然改変を行う悪い魔女を捕らえるためです。アタゴー山でそのような条約違反の行為があるという報告が上がっています。ですから、ヒエイーでも同じような悪事を働く魔女が現れるのではないかと、網を張っていた訳です」
「ふむ。そういう事情じゃったか。アタゴーでの件は、あたしも知っておるが、ドリンク民国の役人にまで知れ渡っておったとはのう。じゃがあたしらは、そのような悪者ではない」
「ええ、それはよく存じております」
「条約違反をしておる魔女は、パンゲア帝国の者じゃということは?」
「いえ、そこまでは知りませんでした。でも、おそらくそうでないかと推測しておりました。貴重な情報を頂き、ありがたく思います」
ジャムサブレーは、丁重に頭を下げるのだった。
「ところで、お前さんはホイップサブレーと違い、月系統が使えるようじゃのう」
「はい。樹林系統よりも、風魔法や刻魔法の方が得意です」
「混血じゃな」
「父方の祖母が魔女族、ネクタレーズンです」
「つまり、あたしの母や叔母と同じ血を引いておるのか」
母親が魔女族なら、人族でも魔女の血を引き、その者を父親として持つ女性は、血を受け継ぐ。そういう女性が魔女族として生まれると、父方からの血と母方からの血が混ざり合い、魔女の純血が損なわれる。この場合、たいていは魔法能力が衰えてしまう。
ところがジャムサブレーは特殊で、父方の祖母である魔女、ネクタレーズンからの能力をも受け継ぐことになった。そのお陰で二系統の魔法を使える。
「仰る通り。偉大な魔女族であられたシュガーレーズンさまと同じ血を持つ双子の妹、そしてあなたさまにとっての叔母さま、ソールトレーズン女史は、私の曾祖母になります。そういうことで私は、混血なのです……」
「じゃからといって、思い悩む必要はない」
「はい」
双子の魔女は、姉妹で魔法の潜在能力に差はない。母親から同時に魔女の血を受け継いだのだから、そうなるのは必然である。
結果として、ジャムサブレーは、極めて優秀な血統を持つことになり、これは誉れと思ってよいはず。
「ふむ。ソールトレーズンとネクタレーズンは、どちらも若くして命を落としたと聞いておる。しかし、その血を引く男子がおったとは知らなんだ。これはなかなかに貴重な情報じゃったわい。ふぁっははは!」
「そうですね。ほほほ」
ジャムサブレーは、魔女族の大先達、オイルレーズンに出自を明かしたことで、少なからず気も晴れたように感じるのだった。




