《☆~ ドリンク軍務省のパイク(七) ~》
さすがにパイクも、オイルレーズンの発言内容には、少なからず、たじろがざるを得ない。
なにしろ、無抵抗な少女を強引に抱き締めようとした企みが、白日の下に晒されたのである。ジャムレーズンは気づいていたけれど、そうでないマトンとショコラビスケ、そして意中の少女にも、自身が胸中に点している業火を見透かされてしまったようで、とても決まりが悪くなった。
窮地に追い込まれたパイクは、それでもドリンク軍の第二大隊長官であるという威厳を保ちたいがために、あえて虚勢を張る。
「ごほん! おい、そこの少女! えっと、名はキャロルか?」
「それは愛称ですの」
「では、なんという名だ?」
「あたくしは、キャロリーヌ‐メルフィルですわ。ローラシア皇国宮廷の四等管理官にございます。かつて父、グリルは一等調理官、母のマーガリーナは二等医療官として、宮廷に勤めておりました」
「おお、そうだったのか!」
「はい。けれども十七年前に、結婚を機会としてまず母が先に退官し、今から三年と二ヶ月ばかり前には、父も退官することとなり、そして現在どちらも、既に他界しております」
「うん。我らがドリンク民国でも、グリル‐メルフィル公爵という人族は、なかなかに高名だよ。そのような名門貴族の令嬢なのだね、キミは」
「ええ、そうですわ。うふ」
キャロリーヌは、メルフィル家の名声が隣国にまで届き、広く知れ渡っていることを、とても誇りに思うのだった。
それと同時に、この男性は誰なのかと疑問に感じる。
「あの、失礼ですけれど、あなたさまは?」
「そうか、キミは気絶していたから、先ほどの話を聞けなかったのだな。このオレは、ドリンク民国軍務省の第二大隊で長官を務めているパイク‐プレイトだ。今のところ、将軍と呼ばれるほどの地位ではなく、いわば副将軍のような立場だが、近いうちに、七つあるドリンク軍の大隊を統率する軍務省副長官へと昇格してみせる。そして、ゆくゆくは、大将軍とでも呼称すべき、ドリンク軍で最も偉い軍務省長官になるつもりだ」
「はあ、そうですか……」
「オレは、そういう男だから、どうだい、キャロリーヌ嬢」
「え、どういうことなのでしょうか」
「それはつまり、このオレの女房にならないかということだ」
パイクは、用意していた求婚の言葉を投げ掛けた。
これにはキャロリーヌも驚くしかなかった。
「ええっ、もしかして、あたくしと結婚して下さるのかしら!?」
「そうだとも。キミさえその気があるなら、すぐにでもなあ。よし、そうしようではないか。今この時、この場で婚約は成立だ。わっはっはっは!」
大いに脈ありと確信したパイクは婚約を決め、豪快に高笑いするのだった。
ところが次の瞬間、彼の予想し得ない話が出てくる。
「そうしますと、あなたさまは、メルフィル家を継いで下さるのでしょうか」
「へっ??」
「あたくしには、お婿さまを迎え入れ、メルフィルのお家を存続させるという、大切な義務がありますの。軍の長官になられるようなお方でしたら、亡くなった父と母も、きっと納得して下さることでしょう。そして夭折した弟、トースターも祝福してくれるはずですわ」
「あ、いやその、オレはだな。なんというか……」
この時、横からジャムサブレーが口を挟んでくる。
「あらまあ、ゆくゆくは、ドリンク民国軍務省の長官になられる偉いお方でありながら、ご自分から求婚しておいて、今さら尻込みをなさるのかしら?」
「や、そうではない! 違うのだ! オレはだなあ、キャロリーヌ嬢を嫁としてプレイト家に迎え入れるつもりで求婚し、それで婚約を決めたのだ!」
「まあ、そうですか……」
肩を落とすキャロリーヌである。
「そうだ。だから、その婿入りというのは、できぬこと」
「分かりましたわ。先ほどの婚約は破棄に致しましょう」
「おっ、おお、まあ既に婚約の成立を宣言してしまった以上、そういうことになるのは仕方ないか……」
「おほほほ!」
「おいこらジャムサブレー、笑うな!」
「うふふ」
「キャロリーヌ嬢も頼むから、このオレを笑わないでくれ……」
「あ、申し訳ありません!」
キャロリーヌは笑うのをすぐやめ、素直に頭を下げた。いかなる時でも、常に相手を思いやることを優先する少女なのである。




