《☆~ ドリンク軍務省のパイク(六) ~》
キャロリーヌは、自分が置かれている状況をすぐには理解できなかった。
それでも、寝台の上でなく野外で寝転がっていることに気づき、あわてて立ち上がろうとする。その結果、大きくよろめいてしまった。
傍にいるパイクが迅速に駆け寄って、今にも転倒しそうな少女の細い身体を支える。この男は、無骨ながらも求婚の言葉を用意していた。
けれども少女の方が先に、パイクの予想し得なかった言葉を発する。
「ああ、お父さま!」
倒れそうになっているところを救ってくれた男が、キャロリーヌの目には、父親のグリルが若かった頃の姿に見えたのである。これは夢なのだろうかとも思った。
さすがに肝の太いパイクでも驚いてしまう。
「な、なぬ!? このオレが、お父さまだと……」
「あっ、ごめんなさい!」
「はあ? それは一体どういうことだ?」
「あ、いえその、あなたさまがあまりにも、あたくしの父と、そっくりに似ておられましたものですから、つい……」
言い繕いながら再び相手の顔を見て、それほどグリルには似ていないことに気づく。
「とんだ人違いでした!」
こうしてキャロリーヌは、頬を真っ赤に染めてしまうのだった。
気絶から回復したばかりで意識が朦朧としているとはいえ、ふらつく身体を、倒れないように支えてくれている恩人で、同時に赤の他人でもある男性に向かって、うっかり「お父さま!」と叫んでしまったのだから、無理もないこと。
そして、この少女の恥ずかしがる様子が、三十路前の独身者であるパイクの男心を、強くくすぐるのだった。
「おお、実に可憐な乙女だ!」
「ええっ!?」
今のキャロリーヌには、なに気ない自分の振る舞いによって、目の前にいる男の魂に、恋の業火を点したことを知る術がない。
一方、激しい情熱を覚えたパイクは、細い両肩に置いている左右の腕で、少女の身体を抱き締めようとして引き寄せる。
しかしながら、その寸前で、二つの方向から声が届く。
「静止!」
「転倒!」
ほとんど同時に魔法を唱えたのは、オイルレーズンとジャムサブレーだった。
それによって、パイクの身体が一時停止した直後、後ろ向きで転ぶ。
「だはっ!!」
唐突に頭から地面へと激突してしまったのだから、たとい厳しい訓練で鍛え抜かれた肉体と精神を持つ男でも、このように呻き声を発してしまうのだった。
キャロリーヌは、目の前で転倒した男に、手を差し伸べようとするのだけれど、突如、見慣れないお馬が割って入り、遮られてしまう。
「あの、あなたは!?」
「私はジャムサブレー。この子はストローベリよ」
「ヒヒン!」
赤毛の牝馬がキャロリーヌに、お辞儀をするかのように頭を下げた。
「これは、あなたの箒柄でしょ」
「あ、そうです。どうも、ありがとうございます」
キャロリーヌは、ジャムサブレーが差し出す柄を受け取る。
魔法具の工房で、オイルレーズンが金貨を支払って手に入れ、自分に与えてくれたことを思い出す。
「あなたが崖の上から落ちる原因を作ったのは、私ですよ」
「えっ、落ちる?」
「キャロルや」
「あ、二等管理官さま!」
オイルレーズンの声を聞いたことで、ヒエイーの山頂から墜落したという記憶が完全に蘇るのだった。
「さあ、こちらへくるがよい」
「このお方が……」
「そこで倒れておる者は、キャロルに不埒なことをしようとしたのでな、少しばかり懲らしめてやった。じゃから、そのまま捨て置くがよい」
「オイルレーズン女史の仰った通りよ。仲間のところへ戻りなさいな」
「そうですか。分かりましたわ」
キャロルは素直に従い、オイルレーズンたちの傍へ歩いた。
「怪我はないかのう?」
「はい、平気ですわ」
「それはよかった。ふぁっははは!」
「あたくしは、どのくらい眠っていましたのかしら?」
気絶したまま数刻が過ぎたかのように錯覚してしまっている。
「四半刻すら過ぎてはおらぬよ」
この時、軽い脳震盪を起こしていたパイクが正気を取り戻し、勢いよく立ち上がった。
「おいこら! このオレに一体なにをしたのだ!」
「キャロルに抱きつくのを阻止したのじゃ」
「えっ、そのようなことを!?」
先ほどオイルレーズンが言った「不埒なこと」の意味を知り、再び頬を染めてしまうキャロリーヌである。




