《☆~ ドリンク軍務省のパイク(五) ~》
パイクから少しだけ距離を隔てる位置で立ち止まった人族の青年が、穏やかな返答をする。
「初めまして。僕は、マトン‐ストロガノフという者です」
「ほう、噂を聞いたことがあるなあ」
「それは光栄です。ドリンク軍の将軍さん」
「うん、よかったな。ふふっ」
不遜な笑みを浮かべるパイクの前に、ショコラビスケが歩み出る。
「将軍さんよお、俺の噂の方はどうですかい」
「なんだ、お前は?」
パイクから冷たい視線を注がれながらも、竜族の男は大声で名乗る。
「新進気鋭の探索者、ショコラビスケとは、俺さまのことだ!」
「ううーん、まったく知らないなあ……」
「おいおいおい! 俺はなあ、これでも一応はドリンク民国人なんだぜ! ローラシア皇国の平民に過ぎないマトンさんのことを知っていながら、なんでこの俺を知らない!」
「知らない者は知らないだけだ。それより、お前の肩の上におられる淑女は?」
「あたしゃ、お偉い将軍さまに名乗るほどのこともない、単なる死に損ない魔女のババアじゃよ。ふぁっははは!」
軽い笑い声を発するオイルレーズンの前へ、赤いお馬が歩み出た。それに乗っているジャムサブレーが口を挟む。
「名乗るほどのこともないなどと、お戯れを」
「ん? ジャムサブレー、それはどういうことだ」
「そちらにおられる淑女は、グレート‐ローラシア大陸で一、二を争う優秀な魔女族のお方、オイルレーズン女史ですわ。おほほほ」
「なんだと! オレも聞いたことがある。そんなに高名な方とは知らず、大変な失礼をしてしまった。この通りです」
パイクはオイルレーズンに向かって、深々と頭を下げた。
ところが、ショコラビスケが勘違いする。
「がほほ。気にするな。これで俺さまが偉大だと、少しは分かっただろう?」
「いや、お前はまったく関係ない。オレは、こちらのオイルレーズン女史に敬意を払ったまでだ。無名の竜族など、眼中にないぞ」
「おいおいおい。そりゃあ、ツレないぜ、将軍さんよお……」
マトンやオイルレーズンと比べて、あまりにも冷たく扱われるため、いつも陽気なショコラビスケもさすがにしょげてしまい、その大きな肩を落とさずにはいられなかった。
一方、パイクは竜族が落胆する様子など気にも留めず、老魔女に向かって、自らを名乗る。
「ごほん。申し遅れました。ドリンク民国軍務省、第二大隊で長官を務めている、パイク‐プレイトです。実際は、将軍と呼ばれるほどの地位でもなく、いわば副将軍のような立場です。なにしろ、ドリンク軍の大隊は七つありまして、それらを統率する大隊長官の一つ上に、軍務の副長官がいて、オレたちを監督していますし、そのまた上には大将軍とでも呼称すべき、ドリンク軍で最も偉い軍務省長官が鎮座しているのです」
「それくらいは、あたしも知っておる」
「は、おそれ入ります。ああ、それはそうと、オイルレーズン女史、本日はなにか我らドリンク民国に、ご用でもありましたか?」
「ふむ。そこで気絶しておる者を連れ帰るというご用じゃ」
「では、この場で眠っている娘と、一体どういうご関係なのでしょうね」
「その子は、あたしが率いる集団の面子でのう、ちょっとした事態に見舞われたせいで、崖の上から落っこちてしもうた。ふぁっははは!」
この時、地面に横たわっている少女が、ようやく意識を取り戻す。
 




