《☆~ 現在(三) ~》
痺れを切らしたキャロリーヌが問い掛ける。
「ど、どうですの? 率直に仰って下さいな」
「いやはや、煮込み具合は絶妙で、実に不思議な味わいだよ。うん、あれほど苦痛に感じていた先ほどまでの空腹など、今ではありがたいものにさえ思えるな。つまり、それくらい素晴らしく美味しいということ。このせいで僕は、言語感覚まで麻痺してしまっていたのだよ。あっははは」
「あらまあ、そういう意味の沈黙でしたのね。沢山焦らして、あんまりですわ、ジェラートさま」
「なにも僕は、焦らすつもりなどなかった」
「そうかしら。でも、喜んで貰えてよかったわ。これで先ほどまでの不安も、おそれもすっかり溶けてしまったのだもの。あたくし、ジェラートさまのお口には、不十分かと懸念しておりましたから」
「慎ましいのだな、キャロルは」
「あらそう?」
「そうだとも。僕の知るどの馬よりもね」
「……」
またお馬さんの話題かと、キャロリーヌの喜びは半減してしまう。
そんなことを気づかないジェラートは、まだ微笑みを続けながら、広口のグラスを持ち上げた。深い赤色の液面が揺れ、酸味を含んだ甘い香りを一人で楽しんでいる。
しばらく沈黙が続いた。
そのため、ジェラートもようやくキャロリーヌの浮かない表情に気づいた。
「どうかしたか、キャロル」
「え、いいえ。どうもしておりません」
「キミは喜んでもよいのだよ。なにしろ合格なのだからね」
「合格?」
「皇国宮廷調理官の養成機関へ入れるということ。僕が推薦人になろう。最終的な決定をするのは一等調理官だが、それは僕の兄、フローズン‐スプーンフィードであるから、まず問題はないはず」
「まあ、どうしましょう!」
「喜んでもよいと言っただろう。なあキャロルよ」
「はい! ありがとうございます。あたくし嬉しくて!」
これでキャロリーヌに笑顔が戻った。満面の笑みである。
「ああ、そのことよりも、お父上のご容態はどうかな?」
「今は落ち着いて眠っておられます。後でお雑炊にしてあげますの」
「それはよい。これだけの素晴らしい味なのだから、お身体もご気分も暖めてくれる一番の薬になるさ。きっとお元気になられる」
「そうですわね」
低い調子の返答をしながら、キャロリーヌは微笑みを作って返した。
実は、グリルが竜魔痴を患っていることは伏せてある。それは以前、この邸に縁談話を持ち込んできた二等管理官たちの計らいによるもの。
婚約者に秘密があることは心苦しいけれど、余計な気苦労を背負わせたくないという思いの方が強く、それでキャロリーヌは黙っておくことにしているのだった。