《☆~ ドリンク軍務省のパイク(四) ~》
若い魔女は、赤いお馬に乗ったまま、バルサミコとケチャプが意気揚々と走り去るのを見届けた。
それからパイクに向かって、皮肉の意味を込めた言葉を投げ掛ける。
「あの程度のお仕事をこなしたくらいで昇格できるなんて、軍務省とは、たいそう素敵なところですこと」
「ジャムサブレー、それを言うな。あの者たち、低等級の兵員らは、いざ戦争ともなれば真っ先に駆り出され、あっけなく命を散らすような、明日をもしれぬ身空にある者どもだ。平穏である今のうちに、少しの喜びでも与えておいてやらねば、そんな儚い命など、浮かばれはしないのだからな……」
軍務省とは畑違いである環境庁の副長官を務める魔女族に話したところで、なんら共感をしては貰えないだろうと知りながらも、あえて愚痴を溢さざるを得ないパイクなのであった。
いわゆる「将軍」と呼ばれる立場の者は、兵員ら多くの命を預かる。だから常に責任という重い力が、胸に伸し掛かってくる。そのせいで抱くことになる人族の機微を、もしジャムサブレーが僅かでも理解してくれたのなら、この無骨なパイクとて、彼女へ向けて、求婚を仄めかすような言葉の一つでも投げるかもしれない。
しかしながら、今のジャムサブレーの関心は、気絶したまま地面に横たわっている少女だけに注がれている。
「第二大隊の長官殿は、その者をどうするおつもりかしら?」
「うん。思った通りに愛らしい顔をしておる。決めた!」
「なにを?」
「この魔女をオレの女房とする。盛大な華燭の典を挙げねばな。わははは!」
パイクは腰を落として地面に膝をつき、意識の戻らない少女の顔を覗き込みながら、さも満足そうに大笑いを続けている。
そんな彼を尻目に、ジャムサブレーは、「そのような幼い娘をお望みとは」と、嘆くように呟くしかなかった。しかもその言葉すら、男の耳には届いていない。
少ししてパイクが立ち上がり、ようやく、馬上で黙っている若い魔女の不機嫌そうな顔色に気づくのだった。
「ジャムサブレー、どうかしたのか?」
「いいえ、なにも。ただその娘、あるいは、人族かもしれませんね」
「な、なんだと!? それは本当なのか??」
「ええ、その者からは、魔女の存在が、ほとんど感じられませんもので」
「妙ではないか! この木製の道具を使って、空を飛べるのは、魔女の他おらぬであろう?」
パイクは、頭に浮かんだ疑問を遠慮なく吐き出しながら腰を落とし、足元に転がっている箒柄を拾って、再びすっと立ち上がる。
「それを、見せて下さいな」
「うん」
男が手に取った柄を、馬上の魔女に差し出す。
「はっ、これは!?」
「なにか驚くことでもあるのか?」
魔女は、箒柄の下端を一心に見つめている。
普段は落ち着き払っているジャムサブレーが表情を変えている。それを見たパイクは、なにかを感じ取って、すぐ傍へと近づき、彼女が手にしている木製の柄を覗き込む。
「銘が刻まれているな。知っている者による逸品か?」
「ええ、この箒柄は私の大伯母、ホイップサブレーの作です。そうならば、たとい人族でも、魔女の血を引く豊かな感性を持った者なら、多少なりとも空を飛ぶ真似くらい、あながちできなくもないかもしれません」
「ふーん、そうか。ホイップサブレーのことはオレも知っている。聞くところによると、グレート‐ローラシア大陸で一、二を争った魔女族の一人だとか」
「そうね。それもまあ、昔のことだけど……」
「ほう、過去の魔女か。そして今は、キミが大陸一だと、言いたいのだな」
「いいえ、そのようなつもりは一切」
ジャムサブレーは苦笑いした。決して彼から嫌味を言われたのではないと知りながらも、あまり嬉しくない褒め言葉だった。
次の瞬間、突如、パイクが勢いよく背後に向き直る。
「お前たちは誰だあぁ!!」
片手に立派な剣を握る人族と、老婆を肩に担いだ若い竜族が、丁度ここへ駆けつけてきたのだった。




