《☆~ ドリンク軍務省のパイク(三) ~》
こちらは、ヒエイー山の南西側に切り立つ崖の中腹辺り。
並外れた運動神経を持つショコラビスケが、急斜面に突き出して生えている樹木の枝から枝、あるいは、むき出しになった岩の足場から、別の岩場や近いところにある木の枝へと順に移動して、着々と崖下に向かっている。
巨体の重みで、ほとんどの枝が少ししなった後に折れてしまう。岩場も同様で、着地すると同時に砕け落ちる。それでもショコラビスケは、僅かに早く跳躍できるので、墜落を辛うじて免れているのだった。
このような激しい動きを続ける竜族の肩に、高齢の魔女族であるオイルレーズンが乗っているけれど、彼女は、まるで平地を馬で駆けるかのように平然とした様子を崩さない。
ショコラビスケに少し遅れて後を追うマトンも、樹木に絡まっている太い蔓を登山用命綱のように操って、巧みに降下している。彼は、握った蔓の手元から少し上をわざと剣で切断するのだった。そうすれば、ある程度の距離を素早く下降できるし、宙ぶらりんになる身体を揺らし、その反動を利用して、別の目ぼしい蔓へと跳び移れる。そして握った蔓をまた切断する。このように、段階的な落下を繰り返し、やはり崖下にある平地を目指して順調に進んでいる。
マトンの芸当は、比較的に体重の軽い人族だからできるのである。巨体のショコラビスケが同じことをすれば、少々太い蔓でも、体重が掛かると瞬時に千切れてしまい、真っ逆さまとなって転落することだろう。
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第二大隊長官が貸してくれた綱は、なかなかに細いのだけれど、樹林系統の繊維強化魔法が施されたことで、極めて丈夫な仕上がりになっている。おそらくは、竜族の大人を吊るしても千切れないほどの強度があるだろう。
バルサミコは、まず、気絶している少女の手から箒柄を離した。
そしてケチャプにも手伝って貰い、少女の身体を、その柄に綱で巻きつけ、少しだけあまらせておいた部分の先端を、柄の下端に固く結ぶ。こうしてから、箒柄ごと少女を垂直に立ててぶら下げ、あとは束になっている綱の残りを少しずつ送り出すことで、少女をゆっくりと安全に下降させることができる。
人族より知能の低い小妖魔だけれど、ドリンク軍務省に所属しているなら、これくらいのことは誰もが訓練で経験しており、よく知った方法なのである。
やがて、少女の身体は、第二大隊長官から厳命されている通り、掠り傷の一つすらも負わせることなく、柔らかい草の生えた地面へと降ろされる。
でも、それで小妖魔たちの任務が終わる訳ではない。バルサミコは、慣れた手つきで、少女と箒柄に巻きつけてある綱を解く。またケチャプは、反対側の端から綱を巻いて束に戻す作業に専念した。
少しが経ち、少女と箒柄は、綱での束縛から解放されて自由となる。
綱の方は、受け取った時よりも断然に美しい形状の束になった。それをケチャプが両手に持って、恭しくパイクに差し出す。
「お返しさせて頂きありやんす」
「うん。ケチャプ、実に冴えた仕事だ」
「お褒め頂けて、狂喜にござーい!」
「バルサミコもご苦労。諸君の働きはよいぞ」
「お褒め下さり、恐悦でありやんす!」
こうして、バルサミコとケチャプは、なんらの落ち度もなく、第二大隊長官からの特別任務を完遂させた。
「諸君のことは、後でオレの方からミキサーに伝えるとしよう。二人とも、一つずつの等級昇格だ。さあ、演習の現場へ戻れ」
「あーい!」
「ござーい!」
若い小妖魔の二人は、パイクに向かって敬礼した後、回れ右をして、槍の訓練が行われている歩兵部隊のところへ、溌剌として駆けてゆく。
彼らにとって等級の上がることは、間違いなく嬉しいのである。




