《☆~ ドリンク軍務省のパイク(一) ~》
ローラシア皇国の南に位置するドリンク民国は、数百年という永い期間、絶対君主である国王に統治される「ドリンク王国」であり続けた。
ところが、今から二十年ほど前に、王族による政治体制と貴族制の完全撤廃を実現することにより、少なくとも形の上では、いわゆる「民主国家」へと、大きく変貌を遂げた。
同じグレート‐ローラシア大陸にある他の三国と違って特徴的なのは、人族だけでなく、四つの亜人類に属する誰であっても、希望する者には国籍が与えられ、晴れてドリンク民国人になれること。ただしその場合、「ドリンク民国憲法」に従うことを宣誓しなければならない。
これまで通りに無国籍の亜人類として、どこの国の領土でもない辺境の地で生きてゆくか、それとも、国家に帰属して、文化的ではあるけれど、多少の不自由を我慢する生活を営むか、どちらでも好きに選ぶことが可能である。
そんな現在のドリンク民国には、六つの省、内務省、外務省、保全省、生活省、軍務省、国民省、および四つの庁、選挙庁、環境庁、東部庁、西部庁が行政組織として構成されている。このうち軍務省が、当然のこと軍事を担当する。
ヒエイー山の南西はドリンク民国の領土で、こちら側の斜面が険しい崖になっているお陰で、天然の要害として、古くから有効に活用されてきた。
それは今も変わっておらず、近年では、軍務省の兵員たちが頻繁にやってきて軍事演習を行う現場として使われることになった。
今日もまたドリンク軍の第二大隊が、この辺り一帯に集結して、訓練に明け暮れている。ただ、いつもと異なるのは、環境庁で副長官の地位にある女性が、赤毛の牝馬に乗って同行していること。
彼女のすぐ近くに、黒いお馬の背の上で、双眼鏡を使って周囲の偵察を行っている人族の男がいる。パイク‐プレイトという名前の第二大隊長官である。
そのパイクが双眼鏡から目を離すことなく、女性に話し掛けてきた。
「環境の副長官、向こうに見える樹林に、女が墜落しているようだ。木製の柄らしいものを握ってやがる。たぶん、あんたが施した対魔法遮蔽に引っ掛かった魔女族だろうよ」
「おほほ。箒柄とはね。してその者は、どのような?」
「かなり若いように、思えるがなあ」
「私よりも?」
この副長官は生後二十四年、魔女年齢が八十歳であり、平均寿命がおよそ三百歳の魔女族としては、十分に若い亜人類なのである。
「そうだ。あれは若いというより子供に近い」
「少女ということ?」
「だな。捕縛するかい」
「そうね。貴殿の部下を三人ほどで向かわせて貰えるかしら。私の部下も、一人つけましょう。たとい相手が少女でも、魔女族に油断は大敵ですからね」
「オレも行ってみる」
「酔狂な。おほほ」
「そこで笑っていろ。オレもそろそろ三十路を迎える独身男だからな。これが、なにかの縁でないとも限らない」
「私では、いけませんか?」
「仕事仲間でないのなら、真剣に考えてもよかった。わっははは!」
パイクは豪快に笑いながら、漆黒竜号という名を自らが与えた黒いお馬を駆って、颯爽とヒエイー山の麓に広がっている広葉樹林へ向かう。
「私の部下をつけると言ったのに。本当、あの人は……」
魔女は苦い表情をしながら呟いた。
「さあ行こうか、ストローベリ!」
「ヒヒィーン!」
赤の牝馬を早駆で優雅に走らせ、黒馬で先駆けたパイクを追うことにする。この魔女は、あの第二大隊長官から直々に与えて貰っている真紅鮫号という誉れ高い名で、自身の愛馬を呼んだことは一度すらないのだった。




