《☆~ 険しい崖を下ること ~》
オイルレーズンは、目の前で呆然としたまま突っ立っている男二人に向かって、先ほどキャロリーヌが見舞われた悪い事態について、簡潔に話す。
説明を聞いたことで、男たちにも、少女の身になにが起こったのか、おおよそ理解できた。
それでようやく、マトンが口を動かすことになる。
「普通に判断すると、この高さから真っ逆さまに落ちて地面に激突した場合、状況は、かなり厳しいね。けれども、女史の話だと、飛行の制御ができないながらもキャロルは箒柄を握ったまま降下したということだ。それならば、軟らかに着陸するのでは?」
対魔法遮蔽は、魔法の効果を弱める魔法であって、魔法を無効化するものではない。
だから、キャロリーヌが手にしている箒柄は、まともな飛行ができなくなったとしても、少なからず落下に逆らうという効果を残している。つまり、身一つで崖から転落するのとは、状況が大きく異なる。このように、マトンは楽観的な推測をした。
しかしながら、オイルレーズンの考えは、少しばかり違っている。
「それは、あの娘の手が、柄を離さなかった場合のことじゃ。気を失いでもして、手の力が緩んだのなら、最早どうしようもないわい……」
「それもその通り。うぅーん」
肩を落とすオイルレーズンとマトンの頭上から、ショコラビスケが、不意に大きな声を掛ける。
「首領!」
「なっ、なんじゃな!?」
「俺には、難しい理屈なんてえのは、てんで分かりゃしねえのですがね。今は思案投げ首で時間を使うより、この崖をさっさと下って、窮地にあるキャロリーヌさんを救いましょうぜ!」
「ショコラや」
「へい?」
「この険しい崖を下ることが、できるものかのう」
「やったことはねえですが、首領とマトンさんに、その覚悟があるのでしたら、お二人を肩に担いで、こんな崖なんぞ軽々駆け下りてみせますぜ。がほほ~」
自信に満ち溢れた顔のショコラビスケである。
これに対して、マトンが異議を唱える。
「僕は遠慮するよ。いくら屈強な竜族だからって、二人の大人を担ぐのじゃ負担が大きい。肩の荷が軽ければ、いっそう安全なはずだからね」
「それじゃ、マトンさんは一人、ここに残るのですかい?」
「いやあ、確かに険しい崖だけれど、鍛え抜いたマトン‐ストロガノフの軽快な駿足でなら、下って下れないことはないはず。ショコラの後に続いて、僕もやってみせよう」
「ふむ。ならばショコラや、積み荷は、年季の入った泥塗れの背袋と、死に損ない魔女のババア、この二つだけで頼もうかのう?」
「へいへい、必ずや無事に、崖下までお運び致しますぜ! がっほほ!」
ショコラビスケは、片腕で老魔女の身体を軽々と持ち上げ、右肩に乗せる。
「そんじゃ行きます! しっかり掴まってて下せえよお!」
オイルレーズンが、箒柄を右手に握り締めたまま、左手を使って竜族の太い首に強く抱きつく。
準備が万端となったことを確認したショコラビスケは、少しの躊躇逡巡すら見せることなく、険しく切り立っている崖の下に向かって、一気に駆け出す。
「やれやれ。勢いに任せて、ああは言ったものの、参ったなあ。この広い世の中、あんな怖いもの知らずより怖い者は、滅多にいなかったねえ。まあ、この僕自身も同様、その中の一人だけれど」
マトンも意を決し、竜族の進む後を追って崖を駆け下りるのだった。




