《☆~ 対魔法遮蔽 ~》
箒柄に腰掛けて空を飛ぶことのできるキャロリーヌとオイルレーズンは、マトンたちよりも先に、ヒエイーの山頂までやってきた。
ここの台地は、見晴らしのよさもさることながら、清らかな泉があり、絶えることなく湧き出してくる鉱物性の水で、渇きを覚え始めている喉を潤せる。
「とっても冷たいですこと」
「ふむ。ここの水は、少々歯に沁みるのじゃが、顎にはよいわい」
「まあ、それはよろしいですわね」
老魔女を悩ませる顎の痛みを抑えるためには、白竜髄塩が最も効果的であるけれど、なにしろ手持ちは残りが少ない。だからそれを頻繁に使う訳にもいかず、オイルレーズンは、薬効成分を多く含む山岳泉水や海洋深層水などを、常に探し求めているのだという。
マトンたちが到着するのを待つ間、キャロリーヌは、オイルレーズンから教わって、曲線飛行を会得した。
台地の上空を周回して、この辺り一帯をつぶさに観察する。
練習をかねてしばらく飛んだ後、キャロリーヌは地面に戻ってきた。
丁度この時、少し離れた場所、崖のすぐ近くに背の高い雑草の茂みがあるのだけれど、その中からガサガサと音が起こるのだった。
「あすこに、なにかが潜んでいるみたいですわ」
「ふむ。上空から崖の方へ回り込んで、その正体を確かめるがよい。曲線飛行も、十分使えるようになっておろう?」
「はい!」
「危険な獣かもしれぬから、あまり近づき過ぎず、気づかれぬようにのう」
「承知しました」
キャロリーヌは、箒柄に乗って上昇してから旋回し、茂みの先にある崖の方へと飛んでいった。
少しして、どうしたことか突如、少女が短く「きゃあ!」と悲鳴を上げる。
オイルレーズンは、あわてて飛び立った。
しかしながら、崖の手前で地面に降り立ち、大きく叫ぶことになる。
「キャロルや!」
老魔女が目にしたのは、箒柄を両手で握ったまま崖の下へと落下してゆくキャロリーヌの姿であった。
オイルレーズンは弱々しく呟く。
「対魔法遮蔽を施されたか……」
それは、魔法の効果を弱める、高等魔法の一つである。
遮蔽の影響を受けて、キャロリーヌは飛行不能となって墜落した。オイルレーズンが崖の上空へ進む直前で箒柄から降りたのも、遮蔽のせいだった。
「ふむぅ、迂闊じゃったわい!」
老魔女は後悔せざるを得ない。修練を目的として、キャロリーヌに単独での偵察行動を任せたのだけれど、このような不測の事態を招くとは、まったく予想できていなかった。
まともに魔法が使えなくなっている今の状況で、オイルレーズンには、崖下に急行する手段がない。
困窮して途方に暮れる老魔女の背後から、足音が聞こえてきた。
「首領、お待たせしましたぜ!」
「おや、キャロルの姿が見えないけれど?」
遅れてやってきた二人は、当然のこと、たった今キャロリーヌの身に降り掛かった突発事故について、なにも知らない。
けれども、すっかり蒼白になっているオイルレーズンの顔面を見たマトンは、ただならない不測の事態が発生したのだと、瞬時に悟るのである。
「オイルレーズン女史、一体なにが起こったのでしょうか?」
「キャロルが、あの娘が崖の下へ、落っこちた……」
「なぁ!!」
「がほっ!?」
マトンとショコラビスケの同時に大きく開かれた口が、少しの間、塞がらなくなるのだった。




