《★~ 未熟な探索者(八) ~》
ショコラビスケは援護することを諦めず、今度は自らの巨躯を斜め前方に向け、勢いよく跳躍させる。大きな音を轟かせて片足が着地し、もう一方の足で地面を力強く蹴って、再び空中へと跳ね上がる。
キャロリーヌも、暗碧大狼が自分を狙ってくることに気づいており、回避のために上昇を詠唱しようとしている。
けれども、獣の突進してくる速さの方が勝っており、既にキャロリーヌに飛び掛かる瞬間だった。
まさに、この「間一髪」に、驚異的な飛距離で跳躍してきた竜族の身体が、大狼と少女の間へ割って入る形となり、見事な防壁をなす。
キャロリーヌは、上昇の「ライ」まで唱えていた魔法を中断する。
なにしろ、身代わりとなってくれたショコラビスケの左太腿に、暗碧大狼の鋭い牙が食い込んでいるだから、逃げる訳にはいかないと思った。
「きゃあ、ショコラさん!!」
「がっほぉ!」
ショコラビスケは痛みに耐えながら、左の拳で相手の顎を殴りつける。
鈍い音が起こる。同時に、ショコラビスケの左足に刺さっている牙が、バキンと鳴って根元から折れた。この強襲に、さすがの敵も怯まざるを得なかった。
「せえぇーやっ!」
遅れて駆けつけたマトンが、一瞬だけ動きを止める獣の首筋に、真っすぐイナズマストロガーノを突き立てた。
この直後、暗碧大狼の両眼から、とても眩い雷金光が放たれる。
続いてマトンが獣の首から剣を引き抜くと、猛り狂っていたはずの獣は、大きな音を響かせ、大地へ沈む。
「ショコラさぁん!」
「がほぉ~」
深い傷を負ってしまったショコラビスケは、悲痛な呻き声を出しながら、左太腿に刺さっている牙を引っこ抜き、すぐに両腕を使って患部を強い力で抑える。当然のこと、止血するためである。
この場にオイルレーズンが降り立ち、治癒魔法を唱えることで、傷口を塞いでくれた。
「ごめんなさい! あたくしが未熟なばかりに……」
「いいってこった。二人とも、こうして生きてるぜ。がっほほほ!」
あれほどの大怪我をしてなお、竜族の若者は陽気に笑った。
オイルレーズンが平然と提案を出す。
「少し早いが、ここで昼餉にするかのう」
「おっ、待ってましたぜ! がほほ~」
こうして四人は、仕留めたばかりの獣を食べることにする。
ショコラビスケは、獲物をそのまま噛み切って食らいついてもよかったのだけれど、探索者集団を組んでいるという建前上、キャロリーヌたちと同じように、調理してから一緒に食べることを、自らの意思で選んだ。
それでも、暗碧大狼の生血というのは、竜族に必要な栄養素を多く含む高級食材の一つなので、大きな傷を負った身体にとっては、この上なく望ましい活力回復飲料であることに違いない。だからショコラビスケは、遠慮することなく、それをたっぷり飲むのだった。
暗碧大狼の肉は、炙り焼きすることになった。調理官を目指していたキャロリーヌが腕を見せるところである。
「だだ炙るだけじゃ、いけねえんですかい?」
「ええ、火加減には、細心の注意を払わなければなりませんの」
「キャロルや、味つけには、これも使うがよい」
「はい。あら、これは?」
手渡された小瓶の紙片には、「竜頭青豆の粉末」と書かれている。
「それはドラゴン‐ピーとも呼ばれておって、以前キャロルに話したことのある、竜編笠茸と並んで、竜族が必要とする栄養素を多く含む食材なのでのう。ふぁっはは」
オイルレーズンの話していることは、栄養官になるために覚えるべき知識の一つなのである。
「この竜頭青豆は、どこで採集できますの?」
「高原地帯に生育しておる。特に、アイスミント山岳の日当たりがよい斜面に生える品種は、栄養価が高い。ふむ。近いうちに、この集団も、そこへ探索に向かわねばなるまい」
「はい」
キャロリーヌは神妙に答え、再び肉を炙る火加減を確認するのだった。




