《★~ 未熟な探索者(四) ~》
キャロリーヌとオイルレーズンは、宮廷前の中央通りを少し歩いてから、狭い枝道へ進んだ。
この先に、魔法具の工房がある。
「まだ少々早いかとは思うが、基本方針の変わった今、あまり悠長なことをしてはおれぬからのう」
「はい」
竜族をローラシア皇国内に囲い込むという大切な国策のために、竜族の栄養管理を担う新たな官職「栄養官」の立ち上げが急がれているのである。
「それでキャロルには、箒柄に乗って戦う術を、今日のうちに身につけさせようという訳じゃ」
「あたくしに、できますでしょうか?」
「弱気では無理じゃよ。必ずや、やってみせねばならん」
「はっ、はい!」
二人は、扉を開けて工房の中に入った。種々雑多な道具類が、ところ狭しと言わんばかりに並んでいる。
背の丸い老婆が笑みを浮かべながら迎えてくれる。
「おやオイルかい。今朝は、やけに早くお出ましになったな。おっぽぽ」
「なんのなんの、ホイップさんの早起きには敵わんよ。ふぁっははは」
「この灰色月の日、お客を迎える準備に余念があってはならないからな」
多くの者が休暇日にする今日こそ、客商売をする者にとっては稼ぎ時だという道理である。その代わりに、この工房は七日周期の四つ目、蒼色月の日を休業日にしている。
「ところで、そちらのお嬢さんが、キャロルちゃんかい?」
「そうじゃとも」
オイルレーズンが答えてすぐ、キャロリーヌに向き直る。
「キャロルや、この婆さんは、あたしが五十年のつき合いを続けておる魔女族、ホイップサブレーじゃよ」
「初めまして、ホイップサブレー女史。あたくしはキャロリーヌ‐メルフィル、十六歳でございます」
「知っておるよ。この春、晴れて四等管理官となった、グリル殿の娘じゃとな。今日は、よく会いにきてくれた」
ホイップサブレーは温かい表情と言葉で、キャロリーヌを歓迎している。
「まあ、父をご存知なのですね。そうと知らず、ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。こんなにも近くの場所に、父と旧知のお方がおられるとは思いもしませんでしたもので……」
「よいよい」
ここへオイルレーズンが口を挟むことにする。
「堅苦しい挨拶は抜きじゃ。今日のあたしらは、この道具屋に客として訪れておるのじゃからのう。それでホイップ、頼んでおいた箒柄の方はどうなのじゃ?」
「おっぽぽ。抜かりの一つすらあるものか。ちゃんと、完成させているからな」
ホイップサブレーは、得意気な顔になって、右手にある壁を指差す。そこには、同じ長さで焦げ茶色をしている箒柄が二本、立て掛けてあった。
オイルレーズンが近づき、その一本を手に取り、入念に調べる。
「ふむ、精巧に仕上がった箒柄じゃわい。業火と雷金光に対する耐性も完全に施されておる。さすがはグレート‐ローラシア大陸一の仕事をする道具職魔女と称されるだけのことがある。ふぁっははは~」
「偏屈なことでは極めて有名なオイルレーズンさんから、そこまで褒めて貰えるなどとは、長生きも、してみるものよな。おぽぽぽ~」
「ふむ。約束したお代は、ローラシア金貨で八十枚じゃったのう」
オイルレーズンは、握っている箒柄を元の位置に戻し、ゆっくり歩いてホイップサブレーに近寄る。そして、懐から巾着を取り出す。
これに対しホイップサブレーは、目を丸めて怪訝そうな表情を見せる。
「珍しいことに、支払いが早いな?」
「さっさと受け取るがよい」
少しの間を置き、ホイップサブレーは、オイルレーズンから差し出されている重い巾着を、ようやく自らの手中に収めた。
「わたしゃ、毎度のように今日もまたツケにしてくれと、懇願されるのだろうと思っていたのに……」
「孫娘の前で、ああいいや、孫娘同然のキャロルには、みっともない姿を見せられぬからのう。ふぁっははは!」
「それならば、今度もキャロルちゃんと一緒にきてくれるかな。おぽぽ」
「ふむ。そうしようかのう」
オイルレーズンは再び壁側まで行って、焦げ茶色の箒柄を二本とも手に取り、そのうち一本をキャロリーヌに手渡す。
「さあキャロルや、お前のじゃよ」
「あぁ、ありがとう、ございます」
感謝を伝える声も震えてしまう。なにしろ、ローラシア金貨で四十枚もの高価な道具なのだから。
喜びも大きいけれど、貴重な箒柄を損なわないようにと慎重になりながら、それを受け取るキャロリーヌだった。
 




