《★~ 未熟な探索者(三) ~》
しばらく黙ったままで待っていたマトンだけれど、ここでようやく口を開いて、気になっていたことを尋ねる。
「ねえキャロル、ファルキリーはどうしたのかな?」
「今朝も元気にしていますわ。様子を見てきたところですの」
宮廷内には、皇族と一部の貴族が所有しているお馬の暮らす厩舎が用意されていて、今のファルキリーは、その場所にいさせて貰えている。
キャロリーヌの住む宮廷官舎には馬小屋が併設されていないため、オイルレーズンが一等管理官のジェラートに話をつけてくれた。そのお陰で許可された特例という形になっているけれど、ファルキリーに未練を残しているジェラートの私情による対応だというのは、誰の目にも明らかなこと。
マトンが、まだ首を傾げたままでいる。
「そうすると今日は、どうやってヒエイーまで行くのかな?」
「あたくしとオイルレーズン女史は、箒柄に腰掛けて飛んでゆきますの」
「へえ~、それはまた古い魔法を使うものだね」
マトンが驚くように、最近の魔女族は、箒柄を魔法具として使うことがほとんどなく、その方式よりずっと新しい風魔法で、身体を風に任せるようにして飛んでいる。
ここにオイルレーズンが口を挟んでくる。
「あたしとキャロルは、ちょっと寄るところがある」
「おっ、朝飯ですかい」
「戯け! あたしらは、きっちり食べ終えておるわい」
「おおっと、こりゃまた失礼しましたですぜ。がほほ」
今日は七日周期の七つ目、灰色月の日なので宮廷官の大半は休暇日としているけれど、働かなければならない者も少なからずいるため、宮廷内に設けられている食堂は最低限の運営をしている。
先ほど、キャロリーヌとオイルレーズンは、麺麭と野菜汁だけの朝食を済ませてきた。質素だけれど、これには支払いが不要なのである。
「そういうことじゃから、マトンとショコラは先に出立し、速足くらいで進んでおればよい。途中で追いつくからのう」
「承知しました、首領!」
「俺もバッチリ了解ですぜ、麗しの淑女オイルレーズン女史!」
「戯け! 見え透いたお世辞なぞ、いらぬわい!」
「がほっ。またまた失礼を、致しちまいました……」
「ごちゃごちゃ抜かさず、さっさと行くがよい!」
「へっへい、承知しましたぜ」
マトンとショコラビスケは、キャロリーヌたちと別れて、しばらく二人だけで行動することになった。
「おいショコラ」
「へい、なんですかい?」
「あんたは余計な一言を加える悪い癖があるなあ。あんまり首領を怒らせないでくれよ。もうずいぶん年寄りなのだから、血圧が上がるとよくないからね」
「おうおう、そりゃあ不味いですぜ。今後は気をつけねえとな。がほほ」
「念のために注意しておくけれど、本人のいる前で、年寄りだとかババアだとか、あと馴れ馴れしくオイル婆さんだなんて言うことは、ご法度だからな。それくらいは分かるよね?」
「へいへい、バッチリ承知ですぜ、マトンさんよお」
「本当に大丈夫かい?」
「おう、俺は叱られて伸びる類型なんだ」
「そうか。けれど、ほどほどにしてくれよ?」
「了解、がっほほ~」
「やれやれ、先が思いやられるな……」
二人は他愛のない雑談を続けながら中央門へ向かって歩く。
そこの近くにある宿屋に、マトンの愛馬、チェスナトヂューエルと、三十年も使い続けた今なお衰えない雷金光魔法の効果を持つ名剣、イナズマストロガーノを預けてある。




