《☆~ 伯爵に対する糾弾 ~》
こちらはスプーンフィード家のお邸。
ロビーの奥で、ピリピリとするような緊迫感が漂う。その要因は、少し前に訪ねてきたオイルレーズンが、高い権勢を誇る伯爵と向き合い、厳しい糾弾を仕掛けていることにある。
目を見張る豪華絢爛な揺り椅子に、少しばかり太り気味の人族、シャルバート‐スプーンフィードが腰掛けている。
この老齢男性は、ローラシア皇国で長年に渡り、優秀な政策官として表舞台で活躍してきた。いわゆる「重鎮」と呼ばれる存在で、三年前に引退したけれど、相談役として、今もなお皇国宮廷に多大な影響力を持つ。
対するオイルレーズンは、シャルバートが陣取る揺り椅子の近くに設置されている訪問者用の長椅子に小ぢんまりと座ったまま、平然とした構えを崩そうとしない。
気骨の強い老魔女が、鋭い視線でシャルバートの目を見据えている。
「身動きの取れぬようになる前に、潔く白状されればよいと思うがのう。あたしは少なくとも、貴殿を悪いようにせぬつもりじゃ」
「儂はなにも知らぬことよ! 白状することなぞ、一つもない」
「あたしゃずいぶんと調べたものじゃ。この邸には、たいした証拠は残っておらなんだがのう。ふぁっはは、ああ顎が……」
「ババア、こそこそ嗅ぎ回っておったか? 一体なにを知ったのだ!」
「いくつものことを知ったわい。例えば、シャルバート殿がホーリィ‐シュリンプを皇国宮廷の調理官に推挙する際のことじゃ。その輩が偽名を使っており、しかもパンゲア帝国の第三王妃、ベイクドアラスカによって送り込まれてきた悪魔女じゃったこと、それら両方ともを、貴殿は承知の上じゃったはず。そうであろう?」
「いいや、どちらも知らなかったことだ!」
三年前にローラシア皇国がパンゲア帝国から皇太子を招いて催した立食会で、ホーリィは料理の毒視をする係の責任者だった。彼女は役目である毒見をせず、しかも他の魔女が唱える魔法を無効化して、毒視されないようにした。そうすることによって、パンゲア帝国皇太子のシーサラッドは暗殺されてしまった。
その卑劣な陰謀の準備段階にシャルバートが一枚噛んでいたという証拠を、オイルレーズンが見つけ出し、白日の下に晒そうとしているのである。
ところが、狡猾なシャルバートは、一向に認めようとしない。
「ふむ。今夜は引き下がるとしよう。じゃが、次に顔を合わせた時こそ、貴殿の悪行のすべてを、認めさせてみせましょうかのう。ふぁっは、あ、あんがぁ」
「儂を脅すなどとは、果たして正気なのか?」
「あが、あぁ、むろん正気じゃわい」
「このシャルバートは引退しておるが、まだ今でも皇国宮廷の相談役を務める立場にあるのだ! たかが二等管理官の身分でしかない者なぞ、儂の言葉一つで、宮廷に出入りできなくすることが容易くできる。それを忘れるなよ、ババア」
「どちらが不利になるのか、よくお考えなさることじゃよ。二ヶ月前にあった、皇帝陛下暗殺のことも、あたしゃ念入りに調べておるのでのう」
「ぬぅおれ! あくまでも、この儂に楯突くつもりであるかっ!」
「いいや違う。できれば、穏便に済ませたいと思っておりますわい」
「あ? 今さら、取引をしようとでも抜かすか。死に損ない魔女の分際が!」
「それはシャルバート殿が今後、どのような出方をなさるのか、ことと次第によっては違ってきますわい。まあどちらでもよいのじゃが、兎も角、あたしゃ腹が減っておるのでのう、これにて帰りますわい」
オイルレーズンは、ほくそ笑んで立ち上がり、シャルバートに背を向ける。
対する伯爵は、苦虫を噛むような表情をして、無言のままで、老魔女が去るのを睨み続けるのだった。




