《☆~ 明日の予定 ~》
ジェラートと同じくらいに背の高い二等管理官、オートミール‐フォークソンがやってきた。
「一等管理官殿、皇帝陛下に日時報告を奉る刻限であります」
「そうだな。身嗜みを整え直し、それから向かうとしよう」
「はっ、承知致しました」
二人の美男子が並んで、颯爽と立ち去ってゆく。
「オートミールもなかなかの殿方と見るが、キャロルはどう感じておるかのう」
「へっ!?」
「好みでないか。あれほどの男が、まだ独り身のままであるとは、なんとも不思議じゃわい。あたしが百歳ばかり若ければ、再婚する相手として選んでもよいと思っておるがのう。ふぁっははは!」
「ええっと、あたくしは、その……」
魔女年齢で二百九十五歳に達しているオイルレーズンの口から、唐突に恋愛話が出たものだから、驚愕のあまり、まともな返答ができないキャロリーヌである。
そして、ジェラートとオートミールの姿が見えなくなり、笑顔だった老魔女の表情が瞬時に変化する。
「明日には結婚を控えておるという花婿でありながら、立場と持ち前の生真面目さのせいで、あのジェラート殿は、どうしても仕事を優先せざるを得ないのじゃよ」
「確かにその通りですわ。お相手となるライスさんの方は、今日から休暇を取られているというのに……」
「あの娘は三等じゃから、一等管理官とは違うわい」
「はい……」
ここでキャロリーヌは、以前から気になっていた疑問を思い出し、この際だからと率直に尋ねることにする。
「二等管理官さまは、かつてスプーンフィード伯爵家で、女中としてお働きになられていたとのお話でしたけれど、それを突如おやめになり、黙って姿を眩まされた一件については、なんらの禍根もありませんでしたのかしら?」
「ふむ。魔法で防いだじゃ」
「あら、またそれはどのような?」
「忘却状態じゃよ。あたしがスプーンフィードの邸を出る時、その魔法を掛けておいた」
「まあまあ、凄いですわねえ!」
「ふぁっはっはっは!!」
改めて、この老魔女に対し、並並ならない畏敬の念、および多大な心強さを抱かざるを得ない。
疑問が解消したので、キャロリーヌは話題を変えることにする。
「今日あたくしは、竜族のショコラビスケさんというお方と、偶然にして出会いましたわ。オイルレーズン女史のところへ向かうと言って、駆けてゆかれましたけれど、お会いになりまして?」
「いいや。そのような者、あたしのところへは現れておらぬわい」
「まあ、そうでしたか……」
「あたしは今日、アタゴーの山中で、パンゲア帝国の衛兵たちによる不穏な動きに気づいたのじゃ。しばらくは、その者らの様子を窺っておったが、厄介なこととならぬうちに、風魔法を使って、その場から飛び去ったわい」
あのショコラビスケという竜族は、運の悪いことに、アタゴー山の麓近くでオイルレーズンと行き違いになったのである。
「そのお方のお父さま、ヴァニラビスケさんとはお知り合いなのでしょう?」
「おおそうじゃとも、懐かしいのう。あたしの集団におった竜族じゃよ」
「もしかして、銀海竜が丸飲みしてしまったという竜族のお一人ですか?」
「いいや違う。ヴァニラは金竜の吐く業火で丸焼きにされた竜族の一人じゃ」
「あらまあ、お可哀想に……」
丸飲みでも丸焼きでも、そのような目に遭う本人にしてみれば、どちらもさぞ無念であったに違いない。しかしながら、キャロリーヌには、二つの酷い状況をそれぞれ想像して頭に描く場合、業火に晒される姿の方が、よりいっそう悲惨な最期に思えるのだった。
「明日もやはり、アタゴーへ赴くことは、やめておくとしようかのう。その代わりとなる場としては、ヒエイーがよいじゃろう。探索の難易度としては、それほど違いはないからのう。キャロルが初めて体験することとなる獣討伐地として、申し分ないはずじゃわい」
「分かりましたわ」
老魔女が口にした「ヒエイー」というのは、ローラシア皇国の中央から南南東の方角にある山のことで、そこがドリンク民国との境界になっている。生息している獣の種類は異なるけれど、討伐の難しさという点では、アタゴー山と大きな差はない。