《★~ 宮廷内の陰謀と圧力(五) ~》
ローラシア皇国の宮廷は、この春から七日に一度の頻度で、竜族栄養管理係連絡会を開いている。それの定例会合が先ほど終わったところ。
今回の議題として出された案件の中で、「栄養官の立ち上げを急ぐべき」という一つのみが可決となった。
このため、当初の予定より三ヶ月の前倒しが必要となり、今から一ヶ月と半月後に栄養官という新たな官職を正式に設置した上で、それを円滑に機能させなければならない。
「もたもたしておる余裕は、最早ないのう」
「そうですわね……」
「今日の獣討伐を中止したのは、少なからず痛手となったわい」
「はい。でもどうして、取りやめとなったのでしょうか?」
「それについては帰ってから話そう。邪魔が入るからのう」
「分かりましたわ」
小声で話すキャロリーヌとオイルレーズンの近くに、一人の男がやってきた。
先ほどまで会合長の役割にあった一等管理官、ジェラート‐スプーンフィードである。
「オイルレーズン女史、お疲れのところ申し訳ありません。少々のお時間を、よろしいでしょうか?」
「ふむ。そんなに畏まらずともよいですわい。なにしろ貴殿の方が、ずっと立場は上じゃからのう。ふぁっはは!」
「はい。立場の上下については、誠にその通りでありますけれど、この僕は、ご年輩の方に対する敬意を損なわないよう、常に細心の注意を払っております。ですので、なにとぞお気になさらず」
「殊勝もそこまで過ぎておると、むしろ爽快じゃわい。まあそれはどうでもよいですが、このオイルレーズンに、いかなる用向きが?」
この時、ジェラートはキャロリーヌの顔をチラリと覗き見る。
当然のこと、彼の目の動きを老魔女が見逃すはずはない。
「どうなされた? あたしだけでなく、この四等管理官にも用がありますのか」
「はい、二人ともにです。実は、オイルレーズン女史とキャロリーヌ嬢にお送りしております、結婚披露の儀への招待状紙に関しまして」
「ふん? キャロルや、そのような紙片がきておったかのう」
「あ、えっと、それがその……」
瞬時にしてキャロリーヌは理解できた。
チャプスティクス侯爵家からの招待状紙のみならず、スプーンフィード伯爵家からの紙片すらも、なにかの陰謀があったのか、キャロリーヌとオイルレーズンには届かなかったということが、これでハッキリした。
ジェラートにも、頭脳面では皇国一の優秀さを誇っているだけのことがあり、すぐにピンとくる勘のよさが備わっている。
「ではやはり、誰か曲者が、不敬な悪行を働いておるのでしょうな」
「ジェラート殿、この案件は内密にするのがよいと、あたしゃ思いますが、どうですかのう?」
「つまり、オイルレーズン女史は腹心になにかしらの方策をお持ちだと、そういうことでしょうか?」
「その通り。ここは一つ、この死に損ない魔女のババアに任せておくことがよいですぞ。ことを荒立てぬままに、その不敬な輩を炙り出してやるのが、あたしの方策が持つ意義ですのじゃからのう。ふぁっはははは!」
オイルレーズンの言葉に、ジェラートは黙って首を縦に振った。
またキャロリーヌは、相談しようとしていた懸念の一件が、予想外の流れで解決へと向かっているのだと感じた。
「そういう事態なのじゃから、残念ではあるが明日、あたしとキャロルは、貴殿が結婚を披露する儀へ出られませぬわい。それも皇国宮廷をよい状況へと向かわせるための一貫じゃと、お考え下さりませ」
「よく分かりました。ご協力に感謝します」
「なんのなんの。ふぁっはは!」
「四等管理官も、ご苦労ではあるが、どうかよろしく頼む」
「はい。承知のほど、致しましてございます!」
キャロリーヌは腰を折って、お辞儀をする。
長身の一等管理官も、少女と老女に向かって軽く頭を下げる。




