《★~ 宮廷内の陰謀と圧力(一) ~》
美しい白の牝馬に騎乗するキャロリーヌと、艶やかな栗毛にまたがったマトンとが並んで、中央門まで戻ってきた。
皇族と貴族を除く一般の者は、どのような事情があろうと例外なく、門の中へ馬を連れて入ることが禁じられている。馬を売る商いをする者だとしても、護衛官など誰か高級官に同行して貰う必要がある。
そのため、「栗色の宝石」という意味の名が与えられているマトンの愛馬、チェスナトヂューエルは、いつもの宿屋に預けられることとなる。
また武器の類についても、宮廷護衛官以外の者が携帯することを認められておらず、お馬と同様にマトンの剣も宿屋に置かなければならない。
このような厳しい決まりが多くあるお陰で、ローラシア皇国の中央では、これまで数百年間ずっと、大陸で一番に高い治安のよさを誇ってこられたのである。
一等地周辺は比較的に安全であるけれど、女性に優しいマトンは、キャロリーヌを宮廷の門前まで送り届ける義務を自身に課している。
街にいる娘たちの大多数が、マトンに好感を抱いている。
そういう憧れの男性が、まるで従僕騎士であるかのように、白馬の上にいる少女の傍につき従って慎重に歩く様子を見ると、とても歯痒く感じる気持ちを抑え切れない。
中には陰口を吐く者もいる。キャロリーヌのことを、「辺境帰りの少女」だとか「没落公爵家の生き残り娘」などと、ひそひそと小声で罵倒して、鬱憤を晴らしているのだった。
心を痛めているのは、本人よりもむしろマトンの方である。
《僕の生涯の恩人であるオイル婆さんが、人族の中で唯一無二の扱いをする、この少女のことを僕が守らずにいては、兄に申し訳が立たない……》
ディア‐ストロガノフは、息を引き取る間際、弟のマトンに、「この私が生涯で最初に愛し、最後まで胸の内で一番に愛し続けた女性、首領オイルレーズン女史を、よろしく頼んだぞ。彼女の守ろうとするすべてを、お前も同じように守ってやって欲しい」と言い残すのだった。
マトンは、握っている兄の手に、熱い大粒の涙をいくつも落とし、「必ずや、その役目を全うしてみせます」と固く誓った。そしてこの直後、ディアは安らかな笑顔のまま目を閉じ、永遠の眠りへと就いたのである。
宮廷門へと続く中央通りの向こうから、キャロリーヌの知っている少女が足早に歩いてきた。
キャロリーヌはファルキリーの背中から降りて、先に声を掛ける。
「こんにちは、セサミ」
「やっぱりキャロルね! 立派な白馬ですこと」
「お褒めの辞、ありがとう。でもあなた、忙しいご様子で、どうかなさって?」
「今日の教習は、お昼の刻限までだったわ。それで急いで帰りますの」
やってきた少女は、チャプスティクス侯爵家の末娘で、小柄なキャロリーヌよりもまだ少しばかり背が低く、あまり光沢のない黒髪が特徴的である。
そんなセサミと、幼い頃のキャロリーヌは、時々遊んだりもしていた。彼女は、この春から皇国宮廷の調理官養成機関に通っている。
中央に戻って宮廷官になることができた今のキャロリーヌには、周囲の上級官たちから冷たい態度で当たられることが多い。そういう辛い状況にあっても、旧知のセサミだけは、昔と変わらず親しみを持って接してくれる。
なにかと風当たりの強い宮廷内に、そのような友人と呼べる者が一人でもいるお陰で、キャロリーヌの心は大きく救われているのだった。