《☆~ 乗馬ができる足並魔法 ~》
邸の外へ通じる扉を開き、老魔女と少女が縦に並んで進む。
少し前を歩くオイルレーズンが急に立ち止まり、ふり返った。そして、懐から封書を一つ取り出し、キャロリーヌに向けて差し出す。
「渡すのを忘れるところじゃったわい。もしエルフルト共和国へゆくのなら、これを持参せよ。あたしが、かの国の大統領に宛てて書いた推薦状じゃ」
キャロリーヌは、封書を黙って受け取り、衣服の小物袋に入れる。
「栄養官という厳しい方の進路を選ぶのなら、それは燃やすがよい」
「はい」
「どちらへ向かうにしても、歩いてゆく訳にはいくまい。馬に乗れるかのう?」
「いいえ、あたくしには無理ですわ……」
「それならば、ファルキリーに足並魔法を施してやるとしよう」
「どういう魔法なのでしょうか?」
「親和性が高ければ、誰でも簡単に乗馬ができるようになる。キャロルなら必ずや、うまく乗れるようになるはずじゃよ」
「まあ、それは素晴らしいことですわ!」
かつてキャロリーヌは、白いお馬を乗りこなすようになった弟、トースターの勇姿を眺めながら、自分も乗馬をしてみたいと、憧れることもあった。
今それが実現するのかと思うと、夢見心地でいる気分になるのだった。
「じゃが、そのような邸内着の姿では乗馬し辛いのう。馬乗袴はないか」
「弟が穿いていたものを残してありますわ。それを着用すればよろしいかしら」
「そうするがよい」
キャロリーヌは、トースターが使っていた居室へと急いで向かい、そこで邸内着を脱ぎ、内着の上に防寒用の胴着を羽織って、二の腕まですっぽりと覆う長手袋を両腕に嵌めた。そして馬乗袴を穿き、再び邸の外へ出る。
とても運動のしやすい姿に変わった少女は、老魔女と二人で馬小屋の前にやってきた。
頭部を柵の前に突き出すファルキリーの首を、老魔女が優しく撫でる。
白いお馬は楽しそうに答える。
「ブルッ!」
「ふぁっはは」
キャロリーヌは、この様子を眺めて微笑む。
「さあてと。まずは常歩からじゃ」
「はい」
柵の外へ出されたファルキリーが胴体を低くした。
広い背中に、キャロリーヌがゆっくりと慎重にまたがる。
「キャロルや、唱えてみるがよい」
「はい。常歩!」
キャロリーヌの詠唱により、白馬はまず右の後ろ脚を前に出し、続いて右前脚、左後ろ脚、左前脚の順に動かし、文字通り「常歩」の足並みで歩行した。
しばらく続けて少し慣れたので、次は速足を練習する。それから、駆足と早駆を会得するに至る。
一つ刻の後には、ついに疾駆もできるようになるまで上達した。これでキャロリーヌは、足並魔法のすべてが使えるようになったのである。
ファルキリーから降りた少女の顔が火照り、額に汗が滲んでいる。
対する牝馬の体躯からも真綿のような湯気が立ち上がり、周囲にゆらゆらと漂っている。
オイルレーズンが嬉しそうに話し掛ける。
「ふむ、さすがはキャロル。このあたしの目に、寸分の狂いもなかったという訳じゃのう。ふぁっははは!」
「あらお婆さん、あたくしがうまく乗馬できたのは、ファルキリーさんに掛けて下さった足並魔法のお陰なのでしょう?」
「まさしくその通りじゃが、魔法との親和性というものがあるのでのう。それが低い者なら、すぐに落馬するわい。ふぁっはっはっは!」
「あらまあ、それでしたら、あたくしも危うかったかもしれませんわ!」
老魔女の言ったことは、もし魔法親和性を持ち合わせていないなら、ファルキリーの背中から落とされて、酷い大怪我をしていたかもしれないという意味になる。だからキャロリーヌは、今さらながら震え出すのだった。




