《☆~ 竜族や栄養官の話(八) ~》
ここで老魔女が目を細めて言う。
「キャロルや」
「はい」
「この先は、あたしの話も、いよいよ本筋に入る」
「えっ?」
オイルレーズンは、声に少しばかり力を込めて話す。
「ようやく、一番に大切な用件を伝えるための準備が整ったからのう。そういうことじゃから、しかと聞くがよい」
「ええっと、それにはどのような意味がありますの?」
「あたしが今日、この公爵邸を訪れた最大にして真なる目的じゃ。それは、ローラシア皇国の宮廷が設置することとなっておる、新たな官職に、キャロリーヌ‐メルフィルを勧誘すること」
「新たな官職ですって??」
キャロリーヌは目を丸くしている。
かつてメルフィル公爵家が中央にあった頃、お家に仕えていた邸内教師から教わったローラシア皇国史において、宮廷官職というのは、千年以上ずっと変わらず五種類であり続けている。
この少女が目指している調理官も、そのうちの一つだった。
オイルレーズンの言葉が冗談でないのなら、永く続いている皇国のしきたりが変わることとなる。
一体どのような官職が追加になるのだろうかと、キャロリーヌは興味を抱いた。
「お婆さん、もっと詳しく、お聞かせ下さいますか?」
「ああ、もちろんじゃとも」
老魔女が得意面を見せた。その皺の多い顔の表面からは、「すべて思惑通り」というような雰囲気が漂っている。
「最初のうちは管理官の下で、竜族の栄養を管理する係としての職務を担うこととなる。それはつまり、半年ほどの準備段階という訳じゃよ。新組織の基盤を固めた後、正式に栄養官という独立した官職を作ることが決まっておる。即位なされたばかりの皇帝陛下による斬新な政策じゃわい」
「まあそれでは、先の皇帝陛下の後を、皇太子のデリシャス殿下がお引き継ぎになられましたのね?」
「ふむ。それで大赦の実施があるのじゃ。先日ここへ現れたという二等管理官からは、この話を聞いておるかのう」
「ええ、少しばかり……」
内密とするように釘を刺されていることである。
「この前、ファルキリーが運んできたであろう」
「一等栄光章のことでしょうか?」
「そうじゃ。それをオートミールが、律儀にも宮廷へと持ち帰りおった。どうせ返すことになるものをのう。ふぁっははは!」
「それでは、あれはお婆さんが……」
「ふむ。まあ、どちらでもよいわい。それよりも、どうじゃキャロル、栄養官を目指す気はあるか?」
「興味はありましてよ。調理官の道も閉ざされた今、あたくしには、他に進むべき方向もありませんから……」
「それでは無理じゃな」
「えっ?」
「今のお前のような消極的な姿勢では、とうてい栄養官にはなれぬということ」
老魔女は、キャロリーヌに厳しい視線を浴びせた。
そして栄養官がいかに過酷な職であるかを語って聞かせた。
竜族が必要とする食材は、人族が食べるための料理に使うものとは大きく違い、手に入りにくい名品や珍品を、自らの足を使って探し求めなければならないのだという。すなわち、探索者となり、危険地帯へ向かって冒険しなければならない。
「一晩よく考えてみるがよい。決心がつけば宮廷へくるのじゃ。もし栄養官を目指さぬのなら、お前はエルフルト共和国へゆかねばなるまい。この辺境の地で、今のまま一人では生きてゆけぬじゃろうからのう」
「あたくしが、エルフルト共和国へですか?」
「そうじゃ。かの国の大統領が、息子の嫁選びをしておるところでのう。このあたしが、候補としてキャロリーヌを推せば確実に決まるはず。そうなれば、お前は明日から安全で安寧な日々を過ごせるわい。ふぁっはははは!」
老魔女が高らかと笑い声を発しながら、おもむろに腰を上げる。これで伝えるべき用件のすべてを話し終えたのである。
キャロリーヌもあわてて席を立ち、オイルレーズンの後を追う。