《☆~ 竜族や栄養官の話(七) ~》
目の前にいる少女が憂い顔を見せている。それで老魔女は、目を光らせながら、話題を変えることにする。
「ところでキャロルや」
「はい?」
「調理官を目指すのは、もう諦めるのがよい」
「えっ?」
「スプーンフィード伯爵家の次男、数日前までお前の婚約相手であったジェラートは、宮廷調理官としてお前を推薦すると口約束しておったようじゃけれど、あの男には、最早その気がないからのう」
「まあ、そうなのですか……」
「ふむ」
「でもどうしてお婆さんが、そのようなことをご存知なのかしら」
「つい先日まで、あたしゃスプーンフィードの邸で女中をしておった」
「あら、そうでしたのね」
すんなりと納得するキャロリーヌであった。
それで老魔女は手始めに、スプーンフィード伯爵家の当主、シャルバートが、次男のジェラートに別の新しい縁談を持ち掛けている一件について説明した。
三日前、この辺境の地へ宮廷からの定期訪問として、オートミール‐フォークソンという二等管理官がやってきた。キャロリーヌとジェラートの婚約が破棄されるのだと伝えるためだった。しかしながら、その際に詳しい事情までは聞かせて貰うことができなかった。
スプーンフィード家の事情というのは、そのお家のゆく末を左右する、重大な決断についてである。
長男のフローズンが急死したため、次男のジェラートが伯爵家を継ぐことに決まったのだけれど、このことはキャロリーヌも既に聞いている。だからジェラートがメルフィル家に婿入りすることは叶わず、婚約話がなかったものとされても、心の優しい十六歳の少女には、一つすら異議を唱えることなど、できはしなかった。
元婚約者の新しい相手について、オートミールの口からは伝えられることがなかったため、キャロリーヌは、その者の名をオイルレーズンから教えて貰えた。
メルフィル公爵家が、まだローラシア皇国の中央にあり、栄華を誇っていた頃、その邸宅には、しばしば高級官たちの訪問があった。中でも、チャプスティクス侯爵家という名門貴族の名が、キャロリーヌの脳裏に、記憶として深く刻み込まれている。
「そうなのですか。ジェラートさまはライスさんと、ご婚約なされるのね……」
「キャロルは、チャプスティクス家のことを、忘れておらぬか」
「ええ、とてもよく覚えておりますわ。四人のお子さんがいらして、末娘のセサミさんは、あたくしと同じ歳で、時々一緒に遊んだものですから」
「そのセサミを、ジェラートがこの春、調理官養成機関への入所を推薦するつもりにしておるのじゃ。お前との口約束を反故にしてのう」
「仕方ありませんわ……」
老魔女は説明を続けた。
そもそもジェラートが辺境の地にあるキャロリーヌを宮廷調理官に推挙するという、いわゆる「棚から牡丹餅」のような話は、兄のフローズンが健在でいて、一等調理官の立場に君臨していればこそ可能なのだった。そういう特別な状況から大きく変わってしまった今、単なる口約束に過ぎない一つの私的提案など、なかったものとされても無理はないのである。
この一件については当然のこと、キャロリーヌは、とても歯痒い思いをしない訳にはいかなかった。でもこの少女は、不平不満を一言すら口に出したりはしない。