《☆~ 竜族や栄養官の話(六) ~》
卓を挟んで目の前に座っている少女がやや落胆しているけれど、老魔女は、特に気にもせず、自らが数十年前に体験した逸話を、今までと同様に淡々と語り続けている。
三人だけの集団で地道に討伐戦を繰り返していたオイルレーズンたちのところに、マトンという二十歳の人族が現れるという話だった。この者こそが、かつて面子の一人だった剣士、ディア‐ストロガノフの弟なのである。それまでの三年間、マトンはディアを剣の師と仰ぎ、日々剣術の鍛錬に明け暮れていたのだという。
そんな青年がやってきた目的は、探索者としてオイルレーズンの率いる集団に参加することだった。入団検査という訳でもないけれど、念のために彼の剣を確認しておくことになる。真剣では怪我をするであろうから、木の枝で作られた模造剣を使い、竜族の一人と戦わせてみた。
それでマトンは、ほとんど互角に戦ってみせるのだった。しかしながら、ここで彼は頭に乗り、「なんなら竜族のお二人を、纏めて相手してもいいよ」と言ったところ、もう一人の竜族が「意気がるな若造! お前など捻り潰してやるぞ」と返し、一触即発の状態となった。そこにオイルレーズンが割って入り、どうにか収まる。
兎も角、マトンは入団を許可された。これによってようやく、魔女一人と竜族二人が三年間ずっと念頭に置いてきた四人集団を作ることができたのである。
そしてこの時、オイルレーズンの母親にして偉大な魔女、シュガーレーズンが、新参者のマトンに老化防止の魔法を掛けたという訳である。
それは命を大きくすり減らす高等魔法だったため、これ以後のシュガーレーズンは、一切の魔法を使うことができずに、孫娘を世話することだけを楽しむ余生を送ることとなるのだった。
「マトンの剣は、兄のディアがかつて一世を風靡しておった頃の腕前に比べると、水準としてまだまだ低く、つまり発展途上のものじゃったわい。それでも人族年齢で二十歳という逞しく若い肉体のまま、永い年月に渡って研鑚を積み、今やローラシア皇国で一番手の剣士にまで成長したのじゃ。剣の師であり実の兄でもあるディアと、ようやく肩を並べおった。当然のこと、そうなることを目論んで、あたしの母がマトンに老化防止を施したのじゃよ。大幅に自らの命を削ってまでしてのう……」
「ではそれが、先ほどお婆さんがお話しになった、親心なのですわね?」
「ふむ」
老魔女は頭を大きく縦に振った。皺の多い顔の表情が実に感慨深げである。
オイルレーズンから聞かせて貰った今の話によって、キャロリーヌは大きな感動を覚え、そして肉親愛の大切な形を理解できたような気持ちになった。最初のうちは反対していたけれど、最後には、探索者として歩む娘を後押ししたシュガーレーズンは、やはり偉大であり寛大でもある情の深い魔女族だったことを、心から納得できたのである。
それに加えて、既に両親および弟をも亡くし、一人ぼっちになってしまったキャロリーヌは、その家族三人が生前、宮廷調理官を目指す自分を絶えず応援してくれていたことを思い返し、改めて彼らに感謝の念を抱くのだった。
キャロリーヌは自分の茶碗を手に取り、すっかり冷めてしまっている、二杯目の香草茶を飲み干した。