《☆~ 竜族や栄養官の話(五) ~》
老魔女は、濡れて輝きを増す少女の頬を見つめながら、物語を続ける。
「塩之岬での白肌鮫討伐をしくじって以降、ディア‐ストロガノフは集団から外れ、剣の指導者として、あたしとは異なる道へと進むことになったのじゃ。彼には三年ばかり下の弟がおって、その者にも剣術の素質があるから、自分を越える剣士に育ててみせると息巻いておった」
「つまりそれは、第二の人生を歩まれたということですわね」
「その通り」
オイルレーズンは静かに答え、茶を啜った。
「それはそうと、お婆さんのディアさんに対する恋の物語は、どのように進展しましたのかしら。あたくし、そのことを第一に、お聞きしたく思っておりますの」
「おお、そうじゃった。その要請には答えねばなるまいのう」
「どうぞよろしく、お願い致しますわ。うふふ」
「ふむ。その当時はまだまだ、あたしゃウブな生娘でしかなかったものでな、とうとうディアに告白もできないまま、初の恋は終わってしまったわい。それこそ、咲いた花が儚く散るようにしてのう」
「まあ、そうでしたの……」
「あの頃のことを思い返せば必ずしていつも、あたしの胸の内側に、まるで刺激の強い香草の絞り汁かなにかを、べっとり塗りつけられたかのような感触が湧いてしまうのじゃよ。ふぁっはは」
「実らなかった恋の名残に馳せる、辛く酸いお気持ちですわね……」
キャロリーヌは、数日前に反故となった婚約の相手、ジェラート‐スプーンフィードの姿を思い浮かべるのだった。その彼こそが、キャロリーヌに初めての恋心を抱かせた唯一無二の男性なのである。
老魔女は無言のまま茶碗を持ち上げ、その中身を飲み干す。
「あら、次の一杯が必要ですわね?」
「頼もう」
「またすっかり冷めていましてよ?」
「構わぬ」
キャロリーヌが空の茶碗に香草茶を注ぐ。これで九回目になった。
老魔女は「ふっ」と短い息を吐き出し、そして話を再開する。
「あたしたちは、しばらく三人で行動せざるを得なかった。じゃから危険過ぎる討伐をなるべく避けながら、少数集団での実戦経験を着々と積み重ねた。そうして三年が過ぎ去った頃に、若い人族の男が、あたしの前に現れおった」
「もしかして、ディアさんかしら?」
「少し違っておるわい」
「あっ、分かりましたわ。ディアさんの弟さんです!」
「そうじゃとも」
「そのお方が、マトンさんなのでしょ?」
「ふむ。勘が冴えてきておるのう。ふぁっははは!」
「うふふふ」
推察が的中したので、キャロリーヌは嬉しくなった。
それでさらに意気込み、もう一つ思いついた考えを述べる。
「お婆さんはきっと、そのマトンさんと恋仲になられたのだわ。そうでしょ?」
「いいや違う」
「あらまあ、違っていましたか……」
「当時、あたしゃ別の男と既に結婚しておった。娘のドライドレーズンが生まれて間もない頃のことじゃ」
「そうですか」
今度の推察は外れてしまい、少しばかり肩を落とすキャロリーヌである。




